腎細胞がんに関係する遺伝子

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目次

腎細胞がんとは

腎臓は、腹部に左右1対ずつある、握りこぶしよりやや大きい臓器で、高さは肋骨の下端あたりに位置しています。腎臓は、血液をろ過して尿を作ります。尿は、皮質と髄質からなる腎実質で作られ、腎盂(じんう)に貯められた後、尿管を通って膀胱に送られます。また、腎臓は造血や血圧を調節するホルモンも生成します。

一般に、腎がんと言えば腎細胞がんのことを言います。腎細胞がんは、腎実質の細胞ががん化したものです。一方、腎盂の細胞ががん化したものは腎盂がんと呼ばれ区別されます。

腎細胞がんは、がん化した細胞の特徴により、淡明細胞がん、乳頭状腎細胞がん、嫌色素性腎細胞がん、粘液管状紡錘細胞がん、集合管がん、多房のう胞性腎細胞がんなどに分かれます。この内、淡明細胞がんが腎細胞がんの70から80%を占めます。

腎細胞がんのリスクファクター

腎細胞がんになるリスクが高めるものとして下記が考えられています。

  • 喫煙
  • 高血圧
  • 肥満
  • 慢性透析
  • 後天性のう胞腎
  • 腎結石の既往
  • ウイルス性肝炎
  • von Hippel-Lindau病(VHL病)

腎細胞がんに関係する遺伝子

下の図は、417人の淡明細胞がんの患者様のサンプルについて、遺伝子や遺伝情報を蓄える染色体について解析した結果です。

aにおいては、左右に並べた各サンプルについての結果を示しています。一番上の灰色のヒストグラムは、各サンプルについて遺伝子における変異の数(Number of mutations)を示しています。2段目上部は、遺伝子融合(Fusion gene)が見られたサンプルについてオレンジ色で示し、左側にはヒストグラムで全体における割合を示しています。2段目下部は、VHL(von Hippel-Lindau)遺伝子の情報を蓄えるDNAにメチル化がみられるサンプルをオレンジ色で示しています。VHL遺伝子は、がん抑制遺伝子の一つです。DNAのメチル化は遺伝子の発現を抑制することから、VHL遺伝子がメチル化された患者様については、VHL遺伝子が働くなることが淡明細胞がんになる可能性を高めたと考えられます。

3段目は、高頻度で変異している遺伝子について、各サンプルについて変異している遺伝子を青色で示しています。ここでもVHL遺伝子に変異があるサンプルが多いことが分かりますが、VHL遺伝子の情報を蓄えるDNAにメチル化が見られたサンプルにはVHL遺伝子の変異はないことが分かります。このことから、半数以上の淡明細胞がんについてVHL遺伝子のメチル化または遺伝子の変異が淡明細胞がんの一因となったことが考えられます。VHL以外の遺伝子では、PBRM1、SETD2、KDM5C、PTEN、BAP1、MTOR、TP53(p53)、PIK3CA遺伝子に変異が見られました。

4段目では、DNAのコピー数の増減(増:赤色、減:青色)を各染色体の部分について示しています。ほとんどの淡明細胞がんのサンプルについてDNAの欠失が見られたのは3番目の染色体の短腕の21.1と言う部分であり(3p21.1)、多くの淡明細胞がんのサンプルについてDNAの増幅が見られたのは5番目の染色体の長腕の35と言う部分(5q35)でした。多くの淡明細胞がんのサンプルについてDNAのコピー数の欠失が見られた3番目の染色体の短腕(3p)には、最も高頻度に変異が見られた4つの遺伝子(VHL、PBRM1、BAP1、SETD2)が含まれていました。

最下段では、DNAの塩基(A:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン)にどのような変異が見られたかを色分けして示しています。

bでは、DNAのコピー数の増減が染色体の短腕(p)または長腕(q)レベルの増幅や欠失によるのか(Arm-level alterations)、染色体の一部分の増幅や欠失によるのか(Focal alterations)を調べた結果を示しています。左図では、淡明細胞がんについては、短腕(p)または長腕(q)レベルの増幅や欠失の方が染色体の一部分の増幅や欠失より多いことを示しています。右図では、淡明細胞がん(ccRCC)以外のがん(結腸がん:CRC、膠芽腫:GBM、乳がん:BRCA、卵巣がん:OVCA)について、短腕(p)または長腕(q)レベルの増幅や欠失(青:Arm-level)、染色体の一部分の増幅や欠失(赤:Focal)について、その頻度をヒストグラムの高さで示しています。

cでは、遺伝子の融合を1番目から22番目の染色体およびX、Y染色体を時計回りに円で並べ、どの染色体とどの染色体が融合することによりどの遺伝子が高頻度に融合したのかを示しています。SFPQ遺伝子とTFE3遺伝子の融合は5つのサンプルで見られ、そのサンプルについてはVHL遺伝子には変異が見られませんでした。

下図は、DNAとタンパク質の複合体の動的調節を行う遺伝子の相互作用を表したものです。実線は遺伝子発現の制御、太い点線は遺伝子発現後の制御、細い点線はそれぞれの遺伝子が指令するタンパク質間の相互作用を示しています。

下図は、28%の淡明細胞がんで変化していたPI(3)Kシグナリング系を構成する遺伝子の異常を示したものです。下図の上部に示すように、これらの遺伝子は、遺伝子の欠失(青四角:Homozygous deletion)、遺伝子の高度な増幅(赤四角:High-level amplification)、遺伝子のメッセンジャーRNAへの転写の増加(中抜きの赤四角:mRNA up-regulation)、遺伝子変異(緑小四角:Somatic mutation)と言う遺伝子の異常が基本的に相互に排他的に起こっていることが分かります。

下図の下部では、PI(3)Kシグナリング系を構成する遺伝子が発現したタンパク質が他の遺伝子をどのように制御するのか(→:促進、⏊:抑制)を示しています。また、遺伝子の機能が活性化されていた場合は赤色でその比率を示し、遺伝子の機能が不活化されていた場合は青色でその比率を示しています。

生存時間分析法であるカプラン・マイヤー法により生存期間に影響を与える因子を分析したところ、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK: AMP activated protein kinase)の減少とアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC: acetyl-CoA carboxylase)の増加が予後の悪化と関連することが分かりました。

AMPKの減少とACCの増加は、下図の代謝系において脂肪酸合成(Fatty acid synthesis)を促進します。

ヒトを含む多くの動物は、主に糖(Glucose)を分解することにより活動のエネルギーを得ますが、その過程は細胞質で行われ酸素が不要な解糖系(Glycolysis)とミトコンドリア(Mitochondria)内で行われるクレブス回路 (Krebs cycle)と酸化的リン酸化に分けられます。

1960年代にドイツのOtto Warburgは、がん細胞はミトコンドリア内で行われる酸化的リン酸化よりも解糖系でエネルギーを産生する現象を発表しました。上図において赤色で示す予後を悪くする遺伝子のメッセンジャーRNA(四角)やタンパク質(ひし形)の発現は解糖系、解糖系から分岐するペントースリン酸経路、脂肪酸合成経路(Fatty acid synthesis)で多く見られ、青色で示す予後を良くする遺伝子のメッセンジャーRNAやタンパク質の発現はミトコンドリア内で働く遺伝子に多く見られたことは、Warburgの観察を裏付けていました。

また、PI(3)K/AKT/mTORシグナリング経路におけるPI(3)Kタンパク質の発現は悪い予後と関係しており、PI(3)Kタンパク質を抑制するPTENタンパク質やGRB10遺伝子のメッセンジャーRNAの発現は良い予後と関係していました。さらに、高い糖濃度で誘導され、PTEN遺伝子のメッセンジャーRNAを抑制するマイクロRNAであるMIR21は悪い予後と関係していました。

1.国立がん研究センターがん情報サービス>病名から探す>病名から探す>腎細胞がんhttps://ganjoho.jp/public/cancer/renal_cell/index.html
2.国立がん研究センター内科レジデント編、がん診療レジデントマニュアル、第8版、医学書院、2019年。
3.The Cancer Genome Atlas Research Network. Comprehensive molecular characterization of clear cell renal cell carcinoma. Nature 499, 43–49 (2013). https://www.nature.com/articles/nature12222#MOESM29
4.カラー生化学第4版、著者:マシューズ ヴァン・ホルダ アプリング アンソニー=ケイヒル、監訳者:石浦章一/板部洋之/高木正道/中谷一泰/水島昇/横溝岳彦、西村書店、2015年。

参照日:2021年12月

産賀 崇由

学術博士|元モナシュ大学医学部上級研究員

1964年、岡山県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科において、神経内分泌学に関する研究により学術博士取得。その後、カリフォルニア大学バークレー校、東京医科歯科大学、早稲田大学、モナシュ大学マレーシア校において研究・教育に携わる。米国留学中に岡山大学医学部名誉教授であった父が大腸がんにより他界したことにより、がんは何故生じるのか、がんを治癒することは可能なのかについて考え始める。主に、がん細胞の遺伝子異常に着目して患者様の疑問に答えて行きたいと思っている。

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