がんと聞くと「痛い」「つらい」といった印象を持たれる方は少なくありません。しかし、近年のがん医療では「痛みは我慢せず、早くから和らげる」という考え方が基本となっており、痛みの程度に合わせて非オピオイド系鎮痛薬や医療用麻薬(オピオイド系鎮痛薬)を使い分け、あるいは組み合わせて使用します。
国立がん研究センターによると、緩和ケアによって80%以上の方のがんの痛みがやわらいだとの報告もあります。本記事では、がんの痛みに使われる鎮痛薬の種類、使い方の基本的な考え方、医療用麻薬への不安を取り除くためのポイントを、最新のガイドラインに沿ってご紹介します。
目次
がん性疼痛とは

がん性疼痛(がんの痛み)とは、がん細胞の広がりや治療に関連して生じる苦痛全体をさす言葉です。
がん性疼痛には大きく分けて4つに分類されます。
- がんそのものによる痛み(骨転移痛、内臓痛、神経障害性疼痛など)
- 手術・放射線・薬物療法など、がん治療に伴う痛み
- がんに関連した痛み(筋肉のこわばり、むくみ、便秘など)
- がんとは直接関係のない痛み(関節痛、頭痛、歯痛など)
日本緩和医療学会の「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」では、痛みの性質を「侵害受容性疼痛(内臓痛・体性痛)」と「神経障害性疼痛」に大きく分けて評価し、それぞれに適した治療を組み合わせる考え方が示されています。
また、痛みが強いことは必ずしも「がんが進行している」ことを意味しません。痛みは診断時から終末期まで、どの時期にも起こり得るものです。
痛みの治療の基本的な考え方
WHO方式がん疼痛治療法
世界保健機関(WHO)は1986年に「3段階除痛ラダー」を柱とするがん疼痛治療法を提唱し、世界中で広く使われてきました。しかし2018年に改訂された新しいWHOガイドラインでは、「3段階ラダー」は厳格に守るべきプロトコルではなく、あくまで教育ツール・一般的な指針と位置づけられ、患者さん一人ひとりの痛みの強さを評価して最適な薬を選ぶ「個別化された治療」が重視されるようになりました。
中等度から高度の痛みには、弱オピオイドを経ずに最初から低用量の強オピオイドを使う選択肢も認められています。
2018年改訂後のWHOガイドラインで示されているがん疼痛マネジメントの基本原則(いわゆる4原則)は次のとおりです。
- 経口投与を基本とする(by mouth)
- 時間を決めて規則正しく投与する(by the clock)
- 患者ごとに個別的な量で使用する(for the individual)
- 細かい配慮を行う(with attention to detail)
なお、1986年版に含まれていた「ラダーにそって」という原則は、2018年改訂で本文から削除されました。ラダーを厳密にたどることより、患者さんの痛みを正確に評価し、最適な薬を選ぶことが優先される形に変わっています。
非オピオイド系鎮痛薬
非オピオイド系鎮痛薬は、軽度から中等度の痛みに使われる薬で、がんの痛みだけでなく頭痛や歯痛など一般的な痛みにも用いられます。大きく「アセトアミノフェン」と「非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)」に分けられます。
アセトアミノフェン
中枢神経系(脳や脊髄)と末梢に作用し、痛みを抑える薬です。抗炎症作用はほとんどありませんが、胃腸障害が少なく、小児や高齢者にも使いやすいのが特徴です。副作用として、長期・高用量の使用で肝機能障害が起こることがあるため、定期的な検査が必要です。
主な製品名:カロナール、アセリオ など
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
炎症を抑える作用・鎮痛作用・解熱作用をもつ薬で、痛みの原因となる物質「プロスタグランジン」の産生を抑えて痛みをやわらげます。抗炎症作用があるため、骨転移痛や炎症を伴う痛みに特に効果的です。
副作用として、胃腸障害、腎機能障害、血小板機能低下、喘息の誘発などがあり、長期使用時は胃薬(プロトンポンプ阻害薬など)を併用することもあります。
主な製品名:ロキソニン(ロキソプロフェン)、ボルタレン(ジクロフェナク)、ナイキサン(ナプロキセン) など
オピオイド系鎮痛薬(医療用麻薬)
オピオイド系鎮痛薬は、脳や脊髄にあるオピオイド受容体に作用して痛みの伝達を抑える薬です。法律で医療用に使用が許可された「医療用麻薬」と呼ばれ、麻薬及び向精神薬取締法に基づいて厳密に管理されます。
内服薬(錠剤・カプセル・散剤・液剤)、貼付剤、坐薬、注射剤など多様な剤型があり、経口摂取が難しい方や、痛みの性状、副作用の出方に応じて選択されます。
強い鎮痛効果があるため、NSAIDsやアセトアミノフェンで十分に抑えられない痛みに用いられます。作用機序が異なる非オピオイド系鎮痛薬と併用することで、より高い鎮痛効果が期待できます。
主な副作用として、便秘・悪心嘔吐・眠気があり、これらは「オピオイド三大副作用」と呼ばれます。とくに便秘はほとんどの患者さんにあらわれるため、オピオイドを開始するときは下剤を併用することが標準的です。近年は、オピオイドによる便秘に特化した薬剤(末梢性μオピオイド受容体拮抗薬など)も使われるようになっています。
オピオイド系鎮痛薬一覧
以下に、日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版」で推奨されている主なオピオイド鎮痛薬を示します。2014年版の前回改訂以降、ヒドロモルフォンやトラマドール徐放性製剤、タペンタドールなど新しい薬剤が使用可能となり、選択肢が広がっています。
| 一般名 (主な製品名) | 特徴 |
|---|---|
| モルヒネ (MSコンチン、オプソ、アンペックなど) | ・もっとも古くから使用されてきた代表的な強オピオイド ・内服(錠剤・顆粒・液剤)、坐剤、注射剤など剤型が豊富 ・腎機能が低下した方では代謝物が蓄積しやすいため注意が必要 |
| オキシコドン (オキシコンチン、オキノームなど) | ・鎮痛効果が安定している ・内服・注射剤があり、腎機能低下時にもモルヒネより使いやすい ・徐放錠は噛まずに服用する |
| ヒドロモルフォン (ナルサス、ナルラピドなど) | ・2017年に国内承認された比較的新しい強オピオイド ・徐放錠は1日1回服用で利便性が高い ・腎機能低下時にも比較的使いやすい |
| フェンタニル (デュロテップMTパッチ、フェントステープ、イーフェンなど) | ・貼付剤や舌下錠、口腔粘膜吸収剤など経口以外の剤型が選べる ・便秘や吐き気がモルヒネに比べ起こりにくい傾向がある ・嚥下困難な方や経口摂取が難しい方に適する |
| タペンタドール (タペンタ) | ・オピオイド作用とノルアドレナリン再取り込み阻害作用を併せ持つ ・神経障害性疼痛への効果が期待される ・便秘や悪心などの消化器系副作用が比較的少ない |
| メサドン (メサペイン) | ・他の強オピオイドで十分な鎮痛が得られない難治性がん疼痛に用いられる ・eラーニング受講など処方できる医師・施設が限定されている ・QT延長に注意が必要 |
| コデイン/トラマドール (コデインリン酸塩、トラマール、ワントラムなど) | ・中等度の痛みに用いられる比較的マイルドなオピオイド ・トラマドールは神経障害性疼痛にも効果が期待される ・体内でモルヒネ等に代謝されて効果を発揮する |
鎮痛補助薬
鎮痛薬だけでは十分な効果が得られない神経障害性疼痛や、骨転移による痛みに対しては、以下のような「鎮痛補助薬」をオピオイドと併用することがあります。
- 抗うつ薬(デュロキセチン、アミトリプチリンなど)
- 抗てんかん薬(プレガバリン、ガバペンチンなど)
- ステロイド薬(デキサメタゾンなど)
- ビスホスホネート製剤、抗RANKL抗体(骨転移痛に対して)
医療用麻薬を使ううえでの注意点
医療用麻薬は一般の医薬品と異なり、法律に基づく厳格な取扱いが求められます。
処方された本人以外の使用は法律違反
医療用麻薬は患者さんご本人の痛みの強さに合わせて量や強さが決められています。家族や友人など他人に譲り渡すことは「麻薬及び向精神薬取締法」に違反し、重大な危険も伴うため、絶対に行ってはいけません。
海外渡航時の手続き
医療用麻薬を所持して日本から出国・入国する際には、地方厚生局に「麻薬携帯輸出許可」「麻薬携帯輸入許可」を、原則として出入国の2週間前までに申請する必要があります。医師の診断書・処方内容の記載された書類を準備し、税関で提示します。渡航先の国によっては別途許可が必要となるため、事前に厚生労働省や大使館などへの確認をおすすめします。
医療用麻薬の依存性・中毒性についての誤解
医療用麻薬に対しては、「最後の手段」「中毒になる」「寿命を縮める」といった誤解が根強く残っています。しかし、医師の管理のもとで痛みのある患者さんが適切に使用する場合、麻薬中毒(精神依存)が問題になることはほとんどないと考えられています。
痛みのない人にオピオイドを使うと、脳内でドパミンが大量に放出され快感・多幸感が生じるため、繰り返し使用するうちに精神依存が形成されやすくなります。一方、痛みのある患者さんでは、オピオイドは痛みの伝達を抑えることに使われ、ドパミンの大量放出につながりにくいため、精神依存は起こりにくいとされています。
ただし近年、米国を中心にオピオイドの乱用・過剰処方が社会問題となった「オピオイドクライシス」を受けて、日本緩和医療学会のガイドラインでも、がん治療の進歩により長期にオピオイドを服用する患者さんが増えている現状を踏まえ、痛みの定期的な再評価や、他人への譲渡を防ぐ管理の重要性が強調されるようになりました。
痛みを我慢せず、伝えることが大切
国立がん研究センターは、痛みを放置すると眠れない・食欲がなくなる・気分が落ち込むなど生活の質(QOL)全体に影響することを繰り返し強調しています。痛みは血液検査などでは客観的に測れず、患者さんご本人の言葉だけが頼りです。
痛みを伝えるときは、次のようなポイントを意識すると、医療者が適切な治療を選びやすくなります。
- いつから痛むのか
- どこが痛むのか(1か所か、複数か)
- どのような痛みか(ズキズキ、ズーン、しびれる、焼けるような、など)
- どんなときに痛むのか(動作時、夜間、食後など)
- どのくらい痛むのか(0~10点のスケールなど)
医療の進歩により、がんは「治らない病」ではなくなりつつあり、同時に「痛みを我慢せず、生活の質を保ちながら治療を続ける」ことが重要視される時代になりました。痛みを感じたら、遠慮せず主治医・看護師・薬剤師に相談しましょう。
・日本緩和医療学会|がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)
・World Health Organization|WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents(2018)
・国立がん研究センター がん情報サービス|緩和ケア
・国立がん研究センター がん情報サービス|薬物療法
・国立がん研究センター東病院|医療用麻薬について
・厚生労働省|麻薬・覚醒剤行政の概要

















