がんに罹患すると、患者さんは多大なストレスにさらされます。そして、そのストレスをきっかけに、さまざまな精神症状を引き起こしてしまいます。また、がんと診断された患者さん本人のほか、家族にも多大なストレスがかかり、中には精神症状を引き起こしてしまう方もいるでしょう。
一般的に、がんになるとどのような精神症状が出るのでしょうか。
そして、その精神症状に対して、どのような治療が行われるのでしょうか。家族がどう対応すべきかを含めて、詳しく見ていきましょう。
目次
がんになるとどういう精神症状が出る?
まずは、がんと診断された患者さんには、どのような精神症状が出るのでしょうか。一般的に多いのは、適応障害、気分障害、せん妄の3つの精神症状です。それぞれ、どのような症状なのでしょうか。
適応障害
がんと診断された患者さんの10~30%が経験すると言われているのが適応障害です。
適応障害は、強いストレスにさらされたあと、心身にさまざまな不調が出現する疾患です。身体の症状として多いのは、イライラする、リラックスできない、眠れない、そわそわして気分が落ち着かない、吐き気、めまいや動悸などです。心に現れる症状としては、何をしても楽しめない、気分が落ち込む、やる気が出ない、疲れやすい、何もかも面倒になる、などがあります。
気分障害(うつ状態)
適応障害より症状が重く、心身の苦痛も強いのが気分障害、いわゆる「うつ状態」です。
現代のストレス社会では、誰もがうつ状態になる可能性がありますが、がん患者さんの場合は、将来の不安や絶望感などからより強い症状が現れるケースもあります。
1日の大半が憂鬱な気分、何にも興味がわかない、何をする気も起きない、眠れない日々が続く、死ぬことを考えてしまうといった症状が2週間以上続く場合は、早急に専門医に相談してください。
せん妄
せん妄とは、身体的な異常や薬剤の副作用などで引き起こされる、急性の脳機能障害のことです。
せん妄を疑うべき患者さんの行動としては、周囲や自分の置かれた状況をよくわかっていない、実際にはないものを見えたり聞こえたりする(幻聴、幻覚)、時間や場所を間違えるなどがあります。
こうした症状が現れると、高齢の患者さんの家族の中には、「認知症になったのでは」と不安になる方もいますが、せん妄である可能性も高いです。せん妄を疑うべき症状が現れた際は、早めに専門医を受診しましょう。
どういう治療が行われる?
強いストレスから、精神症状が出現するがん患者さんは少なくありません。精神症状が出現した場合には、どのような治療が行われるのでしょうか。
精神腫瘍科とは
精神症状の治療と聞くと、多くの方が精神科での治療を思い浮かべるのではないでしょうか。もちろん、精神科でもがん患者さんの精神面の治療は行われますが、「精神腫瘍科」というがん患者さんの精神疾患の治療に特化した診療科もあります。
精神腫瘍科では、がんの主治医と連携して、治療中に起こる心の問題や心身症状に対しての治療が行われます。精神腫瘍科という診療科名を聞いたことがない方も多いのではないでしょうか。
精神腫瘍科は、1970年代になってから発展してきた新しい診療科で、現在では多くのがん専門病院で併設されています。
主な治療
がんによる精神症状が出現したら、精神科や精神腫瘍科ではどのような治療が行われるのでしょうか。
一般的な精神疾患の治療と同じく、カウンセリングと薬による治療が行われます。中でも、がん患者さんの精神治療で重視されているのがカウンセリングです。
がん患者さんの多くは、がんと診断されたことやつらいがん治療によって、大きな不安感と落ち込みに襲われています。まずは患者さんが何に対して不安感や落ち込みを感じているのかを丁寧にカウンセリングを行った上で、その患者さんに最もあった薬を処方します。
がん治療中に精神状態が気になった場合
がんと診断されていなくても、日常生活の中で不安感を覚えたり、落ち込んだりすることは珍しいことではなく、誰にでも起こり得ることです。「今までと様子が違う」「これまでにない不安感を覚える」など、自身の精神状態が気になった際には、まずは主治医に相談してください。
家族はどう対応すべき?
がんと診断されると、患者さん本人だけではなく、家族にも大きなストレスがかかります。また、がん患者さんにどのように接していいかわからないという方もいるでしょう。特に、精神疾患が出現したがん患者さんに対して、家族はどのように接するべきなのでしょうか。
普段通りに接することが重要
がん患者さんと家族との関係が普段から良好なのであれば、家族は普段通りに接しましょう。
強いストレスの中にあるがん患者さんにとって、近くに家族がいてくれて、普段通りに接してくれることは、それだけで心の安らぎになります。
反対に、がんになったからと言って腫れ物に触るような態度をとってしまうと、患者さんの中には疎外感や孤独感を覚え、より精神状態が悪化してしまう方も少なくありません。
「頑張って」は控えめに
がん患者さんに対しては普段通りに接することが重要ですが、気をつけた方がいい言葉もあります。
それは、「頑張って」と励ますことです。
がん患者さんは、がんと診断され大きなストレスを受け、今まさにつらい治療を頑張っている人です。
そのような状態で、家族から繰り返し「頑張って」と言われると、「自分は頑張れていないのか」「これ以上どう頑張れば良いのか」といった気持ちになってしまいます。その結果、精神症状を悪化させてしまう可能性もあります 。
家族にも強いストレス、専門医に相談を
がんと診断されると、患者さん本人だけではなく、その家族も強いストレスを抱えてしまうことになります。つらい治療を行っている家族の姿を見るのもストレスがかかりますし、がん患者さんの身の回りの世話から、経済面の支援などさまざまな役割を果たさなければなりません。
欧米で行われた研究では、がん患者さんのストレスとその家族のストレスは、同じかそれ以上であるということがわかっています。また、がん患者さんの家族の1割から4割に抑うつ症状が見られるとの研究結果もあります。家族の方も、精神症状が出現したらできるだけ早めに専門医に相談しましょう。
【まとめ】がんと精神症状について
がんと診断されただけでも患者さんには強いストレスがかかりますし、つらい治療の中で、精神状態が悪化してしまう患者さんも少なくありません。また、患者さん本人だけではなく、家族にも強いストレスがかかり、精神症状を悪化させてしまうケースもあります。
精神状態の安定は、がんの予後にも大きく影響するため、できるだけ精神状態を安定させておくことが重要です。もし、患者さんや家族の方で精神症状が気になるようなら、早めに主治医に相談してください。
日本産婦人科医会「がん患者に頻度の高い精神症状(明智龍男)」
日本精神神経学会「明智龍男先生に「がん患者の精神的ケア」を訊く」
国立がん研究センター|がん情報サービス「がんと心」
福岡同仁クリニック「がんによるストレスから起こる精神症状について」
NPO法人キャンサーネットジャパン|もっと知ってほしいがんと生活のこと「適応障害」
NPO法人キャンサーネットジャパン|もっと知ってほしいがんと生活のこと「うつ病」
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神奈川県立がんセンター「精神腫瘍科」
国立がん研究センター東病院「精神腫瘍科」
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参照日:2022年8月