乳がんに関係する遺伝子

乳がんに関係する遺伝子

乳房は、乳汁を作る乳腺と乳腺を支持する脂肪組織からなりますが、乳がんは乳腺にできるがんです。

乳腺は、乳頭から放射状に15から20の乳腺葉に分かれており、乳腺葉は乳管と乳腺小葉からなります。

乳腺小葉は、腺房が集まったものです。乳がんの多くは乳管から発生しますが、乳腺小葉から発生するがんもあります。乳がんは男性にも生ずることがあり、女性と同じようにその多くは乳管から発生します。乳がんは非浸潤がんと浸潤がんに分けられていますが、非浸潤がんとはがん細胞が乳管や乳腺小葉にとどまっているがんであり、浸潤がんとはがん細胞が乳管や乳腺小葉の周囲に広がっているがんです。

その他に、粘液がんや腺様嚢胞がんなどの特殊型がん、炎症性乳がんなどの種類があります。乳がんの薬物治療は、乳がん組織に女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)受容体やヒト上皮増殖因子受容体2(HER2)が発現しているかどうかなどにより選択されます。

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目次

乳がんのリスクファクター

乳がんの発生には、エストロゲンが深く関わっています。

体内のエストロゲン濃度が高いこと、エストロゲンを主成分とする経口避妊薬の使用、長期のホルモン補充療法などが乳がんを発生するリスクを高めます。

また、初経年齢が低い、出産経験がない、授乳経験がない、初産年齢が高い、閉経年齢が高いことなども乳がんの発生と関係かあります。その他、喫煙、飲酒、高脂肪食、肥満、運動不足などの生活習慣も乳がんの発生リスクを高めると考えられています。

遺伝性の乳がん

遺伝性の乳がんは、乳がん全体の5から10%を占めます。

遺伝性乳がんの中で最もよく知られているものは、BRCA1またはBRCA2遺伝子に先天的な異常のある遺伝性乳がん卵巣がん症候群です。BRCA1、BRCA2は、DNAの二本鎖が切断された場合に相同組み換えによるDNAの修復機構に関わるがん抑制遺伝子です。

日本における乳がん患者で、BRCA1遺伝子に異常がある患者は1.4%、BRCA2遺伝子に異常がある患者は2.7%であるという報告があります(5)。BRCA1遺伝子に異常のある乳がんでは、女性ホルモン受容体もHER2も発現していないトリプルネガティブ乳がんが多いことが分かっています(6)。

その他、乳がん発症のリスクがあるとされている遺伝子にTP53、PTENなどがあります。TP53は、リ・フラウメニ症候群の原因遺伝子として報告された遺伝子であり(7)、細胞周期停止やプログラムされた細胞死であるアポトーシスに関り、DNA修復に関わる遺伝子を制御するがん抑制遺伝子です。31歳未満で発症した乳がん患者の14%にTP53遺伝子に先天的な異常があることが報告されています(8)。

PTEN遺伝子もがん抑制遺伝子であり、先天的な異常はカウデン症候群やバナヤン・ライリー・ルバルカバ症候群の原因になり、乳がんを発症するリスクも上がるとされています。

乳がんの遺伝子異常

507人の乳がん患者から採取された510の乳がんサンプルについて、乳がん組織において異常のある遺伝子が調べられました(9)。

以下の図は、乳がんのサブタイプであるルミナルA(Luminal A、225人)、ルミナルB(Luminal B、126人)、HER2陽性(HER2 enriched、57人)、基底細胞様(Basal-like、93人)別に異常のある遺伝子の種類をまとめたものです。

ルミナルAとは、乳がん組織にエストロゲン受容体とプロゲステロン受容体が発現しているがHER2は発現しておらず増殖能の低いタイプです。

ルミナルBは、エストロゲン受容体は発現しているが、プロゲステロン受容体とHER2は発現している場合としていない場合があり、増殖能の低いものと高いものがあります。

中央部のパネルに各サブタイプについて、タンパク質のアミノ酸配列を変える遺伝子変異(Non-silent mutations)を示しています。Truncation mutationとはタンパク質が短縮する変異であり、Missense mutationとはタンパク質は短縮しないがアミノ酸が変化する変異です。

ルミナルAとルミナルBタイプでは、HER2陽性や基底細胞様タイプに比べて変異のある遺伝子に多様性が見られました。ルミナルAタイプでは、PIK3CA(45%)、MAP3K1、GATA3、TP53、CDH1、MAP2K4遺伝子などに変異が見られました。ルミナルBタイプでも様々な遺伝子に変異が見られましたが、TP53とPIK3CAの遺伝子変異はそれぞれ29%の乳がんに見られました。

基底細胞様タイプでは、80%の乳がんにTP53遺伝子の変異が見られ、PIK3CA(9%)以外はルミナルAやルミナルBタイプで見られた遺伝子の変異はありませんでした。また、基底細胞様タイプにおけるTP53遺伝子の変異は、タンパク質が短縮する変異が多く見られました。HER2はERBB2とも呼ばれますが、HER2陽性タイプでは80%の乳がんでHER2(ERBB2)遺伝子が増幅しており、TP53(72%)やPIK3CA(39%)に変異のある乳がんが多く見られました。

この研究では、507人の乳がん患者について正常細胞における先天的な遺伝子異常についても調べられました。その結果、47人の患者についてATM、BRCA1、BRCA2、BRIP1、CHEK2、NBN、PTEN、RAD51C、TP53などの遺伝子に異常が見られました。特に基底細胞様タイプの乳がん患者93人中9人の患者においてBRCA1遺伝子に先天的な異常が見られました。

乳がんのサブタイプに応じた薬物療法

エストロゲン受容体が発現しているルミナルタイプの乳がんでは、女性ホルモンであるエストロゲンが細胞増殖を促進します。そのため、エストロゲン受容体とエストロゲンとの結合を阻害する薬やエストロゲン産生を抑制する薬が治療に用いられます。閉経後の女性では、副腎で産生されたアンドロゲンが脂肪組織においてアロマターゼという酵素の働きによりエストロゲンに変換されるため、アロマターゼ阻害剤を用いてエストロゲンの産生を抑制することによりがん細胞の増殖を抑制します。

HER2は、細胞増殖を促進する細胞の表面に存在しているタンパク質です。従って、HER2陽性タイプの乳がんでは、HER2タンパクに結合することにより不活化させる薬を投与することにより、がん細胞の増殖を抑制します。トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)は、HER2タンパクに特異的に結合するヒト抗体による分子標的薬の一種です。 トラスツズマブには、細胞増殖シグナルの阻害作用だけでなく、抗体依存性の細胞障害作用もあります。ペルツズマブ(商品名パージェタ)は、トラスツズマブと同じくHER2タンパクに結合しますが結合部位が異なり、HER2タンパクが仲間の受容体であるHER3タンパクなどと結合することを阻害することにより細胞増殖を阻害します。HER2陽性転移性乳がんにおいて、トラスツズマブとペルツズマブを併用することにより予後を大きく改善することが証明されました(11)。

1.国立がん研究センター がん情報サービス>それぞれのがんの解説>乳がん 基礎知識https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/
2.国立がん研究センター内科レジデント編、がん診療レジデントマニュアル、第8版、医学書院、2019年。
3.稲垣有希子「遺伝性乳がん・家族性乳がんとその診断」、がんゲノム医療―網羅的解析からの知見と臨床応用の展望、医学のあゆみ、医歯薬出版株式会社、2020年、pp. 512-519。
4.中川梨恵、川口展子、戸井雅和「乳がんの遺伝子解析に基づく治療戦略」、がんゲノム医療―網羅的解析からの知見と臨床応用の展望、医学のあゆみ、医歯薬出版株式会社、2020年、pp. 488-494。
5.Momozawa Y, et al., Germline pathogenic variants of 11 breast cancer genes in 7,051 Japanese patients and 11,241 controls. Nat Commun. 2018; 9: 4083. doi: 10.1038/s41467-018-06581-8.
6.Jie Sun, et al., Germline Mutations in Cancer Susceptibility Genes in a Large Series of Unselected Breast Cancer Patients. Clin Cancer Res. 2017; 23: 6113-6119. doi: 10.1158/1078-0432.CCR-16-3227.
7.D Malkin, et al., Germ line p53 mutations in a familial syndrome of breast cancer, sarcomas, and other neoplasms. Science. 1990; 250: 1233-8. doi: 10.1126/science.1978757.
8.Gaëlle Bougeard, et al., Revisiting Li-Fraumeni Syndrome From TP53 Mutation Carriers. J Clin Oncol. 2015; 33: 2345-52. doi: 10.1200/JCO.2014.59.5728.
9.The Cancer Genome Atlas Network. Comprehensive molecular portraits of human breast tumours. Nature. 2012; 490: 61–70. https://www.nature.com/articles/nature11412
10.波々伯部絵理、戸井雅和「乳がん」、がん生物学イラストレイテッド、第2版、羊土社、2019年、pp. 466-472。
11.Sandra M Swain, et al., Pertuzumab, trastuzumab, and docetaxel in HER2-positive metastatic breast cancer. N Engl J Med. 2015; 372: 724-34. doi: 10.1056/NEJMoa1413513.

参照:2021年07月13日

産賀 崇由

元モナシュ大学医学部上級研究員

1964年、岡山県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科において、神経内分泌学に関する研究により学術博士取得。その後、カリフォルニア大学バークレー校、東京医科歯科大学、早稲田大学、モナシュ大学マレーシア校において研究・教育に携わる。米国留学中に岡山大学医学部名誉教授であった父が大腸がんにより他界したことにより、がんは何故生じるのか、がんを治癒することは可能なのかについて考え始める。主に、がん細胞の遺伝子異常に着目して患者様の疑問に答えて行きたいと思っている。

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