遺伝子の異常を網羅的に解析する「がんゲノム医療」とは

遺伝子の異常を網羅的に解析する「がんゲノム医療」とは

産賀 崇由

元モナシュ大学医学部上級研究員

がんゲノム医療とは、がんに生じている遺伝子の異常を網羅的に解析することにより、がん患者様の治療選択に役立てる遺伝子検査のことです。

遺伝子は、我々の生命活動に不可欠な酵素などのタンパク質のアミノ酸配列を指令することにより我々の生命活動を成り立たせていますが、遺伝子を含む遺伝情報の総体をゲノムと言います。遺伝子などの遺伝情報はDNAにおける4種類の塩基(アデニン、チミン、シトシン、グアニン)の配列に蓄えられていますので、理論的にはDNAの塩基配列を読み取れば遺伝情報、さらにがんに生じた遺伝子の異常を検出することができます。ヒトでは約30億のDNA塩基配列に約2万個の遺伝子の情報が蓄えられていますので、この膨大な情報を読み取るには本来大変な労力を必要とします。

しかし、近年DNAの塩基配列を高速で読み取ることが出来る次世代シークエンサーという検査機器が開発されたことにより、患者様のがんに生じている遺伝子の異常を網羅的に解析できるようになりました。

目次

がん遺伝子パネル検査とは

次世代シークエンサーを用いて、これまでの研究でがんとの関連が明らかになっている100から数百のがん関連遺伝子の異常を1度に調べる遺伝子検査をがん遺伝子パネル検査と言います。

日本では、2019年6月1日にOncoGuideTM NCCオンコパネルシステムおよびFoundationOneⓇ CDxがんゲノムプロファイルを用いたがん遺伝子パネル検査であるがんゲノムプロファイリング検査が保険適用となりました。このがんゲノムプロファイリング検査は、全国のがんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院で受けることが出来ます。

病院で得られた検体は臨床検査企業で解析され、DNA配列情報や臨床情報が国立がん研究センター内に設置されたがんゲノム情報管理センターに送られます。がんゲノム情報管理センターは、遺伝子異常の情報などをまとめた調査結果を各病院に送り、治療方針決定のために行われる会議のための資料になります。

がんゲノムプロファイリング検査の保険適用の条件

がんゲノムプロファイリング検査はがん患者様すべてが受けられるわけではなく、標準治療がないか局所進行または転移が認められ標準治療が終了となったか終了が見込まれる固形がん患者であって、全身状態および臓器機能などから本検査により化学療法の適応になる可能性が高いと主治医が判断した場合が保険適用の条件です。また、患者様は1度しかこの検査を受けることしか出来ません。

がんゲノムプロファイリング検査結果による治療

このような厳しい条件があるため、がんゲノムプロファイリング検査で明らかになった遺伝子異常に対応する治療を受けることが出来た患者様は10%程度に留まっています。

さらに、現在のがんゲノムプロファイリング検査では標準治療がないか終了した患者様が保険適応の条件になっているために、検査結果に基づく治療は承認薬の保険適応外使用や臨床研究への参加によるしかありません。

臨床研究とは、患者様の条件をそろえて新しい薬の安全性や有効性を評価する研究です。この内、新しい薬の製造販売を行う製薬企業が関与する研究を治験と言います。従って、現在のがんゲノムプロファイリング検査では保険適用により検査を受けても検査結果に基づく治療は保険適用外の治療になります。

効果的ながんゲノム医療とは

現在のがんゲノムプロファイリング検査を見直す動きもあり、「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」の改訂版が2020年3月に出されました。現在のがんゲノムプロファイリング検査が原則として標準治療終了後に限定されているという検査の時期については、早い時期からの検査を推奨することはしませんでしたが、標準治療後に検査を限定する科学的根拠もないと判断されました。

そして、「治療ラインのみでがんゲノムプロファイリング検査を行う時期を限定せず、その後の治療計画を考慮して最適なタイミングを検討すること」が推奨されました。米国のがん遺伝子パネル検査は、すべての臨床病期Ⅲ、Ⅳの進行がんが対象であり、初回治療から公的医療保険制度および公的医療給付制度が適用されます。

米国の様々な研究機関や大学での研究では、がん遺伝子パネル検査結果に基づいた治療を行った場合には行わなかった場合に比較して無増悪生存期間が長いという結果が得られています。従って、日本においても標準治療を含む治療選択の過程でがん遺伝子パネル検査を行うことは有用であると思われます。

リキッドバイオプシーとは

「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」の改訂版では、リキッドバイオプシーの臨床的有用性を記述する報告が増えていることも指摘されました。リキッドバイオプシーとは、腫瘍組織を用いることなく、血液や尿などの体液サンプルを用いて腫瘍の状態を検査する方法です。

がん患者様の体液、特に血液には血液循環腫瘍細胞(CTC)、血液循環腫瘍DNA(ctDNA)、血液循環腫瘍RNA(ctRNA)などが含まれており、これらを分子レベルで解析するとがんに関する多くの情報が得られます。この内、血液循環腫瘍DNAは、腫瘍細胞の自死(アポトーシス)や壊死(ネクローシス)により血液中に流出したDNAの断片を含みますので、がんに特徴的な異常なDNAも含まれています。また、血液循環腫瘍DNAの体内における半減期は1時間程度であるため、各腫瘍マーカーと比較して血液採取時の腫瘍の状態をより反映しています。

血液循環腫瘍DNAを検出する方法

血液循環腫瘍DNAは、血液中に遊離しているDNA(cfDNA)に微量に含まれるDNAですので、その解析には高い検出感度が求められます。

血液循環腫瘍DNAを解析する方法には、1つまたは少数の遺伝子異常を検出するPCRによる解析方法と遺伝子異常を網羅的に検出する次世代シークエンサーを用いる解析方法があります。

1つまたは少数の遺伝子異常を検出するPCRによる解析方法の内、デジタルPCRによる解析方法は血液循環腫瘍DNAの遺伝子異常を極めて高い検出感度で検出でき、腫瘍組織の解析との一致率が高いため血液循環腫瘍DNAの遺伝子異常の解析に優れています。次世代シークエンサーを用いる血液循環腫瘍DNAのがん遺伝子パネル検査には、Guardant360Ⓡ、FoundationOneⓇ Liquid、PlasmaSELECTTMなどがあります。

血液循環腫瘍DNAを用いた経時的な遺伝子異常の解析

がんは遺伝子の異常により発生しますが、がんが成長すると腫瘍の中では酸素も栄養も足らなくなります。

そのようながんにとっての悪環境でがんが成長するためにがんは新たな遺伝子変異を獲得して行き、がんのまわりの環境に適合したがん細胞が生き残り増えて行きます(がんの進化)。

従って、がんの遺伝子異常は生物の進化のように時間とともに変化していくのです。しかし、がんの生検を組織で行うのは患者様にとって負担が大きいため、患者様の組織を用いて経時的にがんの遺伝子異常を解析するのは好ましくありません。

一方、血液循環腫瘍DNAを用いれば、採血という最小限の負担で経時的な遺伝子異常の変化を解析することが出来ます。従って、血液循環腫瘍DNAを用いて遺伝子異常を解析することにより、がんの早期発見、がん治療の効果測定、がんの経過観察も遺伝子レベルで行うことが可能になるのです。

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで
国立がん研究センター研究所編 2018年 講談社

がんゲノム医療 網羅的解析からの知見と臨床応用の展望
週刊医学の歩み 2020年 医歯薬出版株式会社

参照:2021-05-14

産賀 崇由

元モナシュ大学医学部上級研究員

1964年、岡山県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科において、神経内分泌学に関する研究により学術博士取得。その後、カリフォルニア大学バークレー校、東京医科歯科大学、早稲田大学、モナシュ大学マレーシア校において研究・教育に携わる。米国留学中に岡山大学医学部名誉教授であった父が大腸がんにより他界したことにより、がんは何故生じるのか、がんを治癒することは可能なのかについて考え始める。主に、がん細胞の遺伝子異常に着目して患者様の疑問に答えて行きたいと思っている。

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