子宮頸がんに関係する遺伝子

子宮頸がんに関係する遺伝子

女性が妊娠した時に胎児を育てる器官である子宮は、上部の袋状の子宮体部と下部の筒状の子宮頸部に分かれますが、子宮頸がんは子宮頸部にできるがんです。子宮頸がんは、異形成と言われるがんになる前の状態を何年か経てがんになります。子宮頸がんは、がんができる組織により扁平上皮がんと腺がんとに分けられますが、扁平上皮がんが7割程度、腺がんが2割程度です。

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目次

子宮頸がんのリスクファクター

子宮頸がん患者の90%以上からヒトパピローマウイルス(HPV:Human Papillomavirus)のDNAが検出されることとHPVワクチンによる子宮頸がんの予防効果から、HPVの持続感染が子宮頸がんのリスクファクターであると考えられています。

HPVの生涯罹患率は50-80%であるが、90%の罹患者ではHPVが免疫系の働きにより排除されます。しかし、HPVに持続感染すると子宮頸がんを発症することがあります。多産、経口避妊薬の服用、受動喫煙を含む喫煙、低年齢での初性交、複数の性交相手の存在等はHPV感染のリスクを高めると言われています。

子宮頸がんに関係する遺伝子

遺伝子DNAの解析を行った結果

下の図は、192の子宮頸がんのサンプルについて、タンパク質のアミノ酸配列を指令する領域の遺伝子DNAの解析を行った結果です。左から右に各サンプルの解析結果を表しています。

図(a)

最上段(a)は、DNAにおける変異の割合を示しています。DNAにおける変異が転写・翻訳されるタンパク質のアミノ酸を変化させない場合(Synonymous)は緑色の、変化させる場合(Non-synonymous)は青色のヒストグラムで示しています。タンパク質のアミノ酸を変化させる変異が多いことが分かります。

図(b)

bでは、子宮頸がんの組織やHPVのタイプを示しています。

bの最上段(Histology)は、子宮頸がんの組織型を、左から順に腺がん(Adeno)を茶色、混合型(Adenosq)を薄茶色、扁平上皮がん(Squamous)を水色で示しています。扁平上皮がんが多いことが分かります。

bの2段目(HPV clade)は、HPVのタイプをA7 (18・39・45・59・68)を黄色、A9 (16・31・33・35・52・58)をえんじ色で示しています。A9タイプが多いことが分かります。

bの3段目(HPV integration)は、HPVのDNAが子宮頸がん細胞のDNAに挿入されているか(Yes、黒色)否か(No、灰色)を示しています。HPVのDNAは子宮頸がん細胞のDNAに挿入されていることが多いことが分かります。

bの4段目(APOBEC mutagenesis)は、APOBECの変異誘発性が高い(オレンジ色)か低い(黄色)かない(灰色)かを示しています。APOBEC (Apolipoprotein B mRNA editing enzyme catalytic polypeptide-like )は細胞に備わる抗ウイルス因子ですが、侵入して来たウイルスだけでなく自己の細胞のDNAの変異蓄積にも関与していると考えられています。APOBECの変異誘発性が存在することが多いことが分かります。

図(c)

cには、顕著に変異している遺伝子を、変異していることが多い順に示しています。また、変異のタイプを色で示していますが、タンパク質中のアミノ酸が異なるアミノ酸に変わる変異(Missense、青色)やタンパク質の合成が途中で止まる変異(Nonsense、赤色)が多いことが分かります。

cの右には、遺伝子の変異がAPOBECによるもの(赤色)か否か(青色)を示しています。最も変異する割合の高いPIK3CA遺伝子では、APOBECによると考えられる変異が多いことが分かります。

図(d)

dでは、遺伝子のコピー数の変化を示しています。3番染色体の長腕(q)は増幅すること(赤色)が多く、がん抑制遺伝子であるPTEN遺伝子は欠失すること(青色)が多いことなどが分かります。

子宮頸がんにおいて顕著に変異している遺伝子の変異について

下の図は、子宮頸がんにおいて顕著に変異している遺伝子においてどのような変異が見られるかを示しています。

【a】 CASP8(カスパーゼ-8)

aのCASP8(カスパーゼ-8)は、カスパーゼファミリーのメンバーです。カスパーゼタンパク質は、細胞のアポトーシス(細胞の自死)において中心的な役割を果たします。

【b】ERBB3(HER3)

bのERBB3(HER3)は、受容体チロシンキナーゼである上皮成長因子受容体の1種で、細胞の増殖や成長を制御します。

【c】HLA-A・【d】HLA-B

cのHLA-AとdのHLA-Bは、ヒトの主要組織適合性複合体(MHC; Major Histocompatibility Complex)の種類で、自然免疫や獲得免疫における非自己の攻撃において重要な機能を果たします。

【e】SHKBP1

eのSHKBP1は、細胞の増殖や成長を制御する上皮成長因子 (EGF)に結合する上皮成長因子受容体(EGFR)の機能を阻害する因子を抑制します。

【f】TGFBR2

fのTGFBR2は、サイトカインであるTGFβの受容体です。TGFβは細胞周期の進行を抑制する一方、がんの転移や浸潤にも関与します。

【g】PIK3CA

gのPIK3CA(Phosphatidylinositol-4,5-bisphosphate 3-kinase catalytic subunit alpha isoform)は、PIP3を生成します。PIP3は、上皮成長因子 (EGF)などの刺激に応答して細胞内で活性化し細胞の生存や増殖に関与するAKT1を活性化します。PIK3CAタンパク質におけるアミノ酸の変異はE542KとE545Kに多く見られることが分かります。また、これらの変異は縦の赤線で示されているようにAPOBECによる変異の可能性が高いです。

【h】各々の子宮頸がんサンプル

hにおいては、各々の子宮頸がんサンプルについて(緑色の〇)、横軸にAPOBECによる変異の数、縦軸に変異の総数を取り、相関関係を調べました。その結果、APOBECによる変異は子宮頸がんサンプルにおける変異の総数と強い相関があることが分かりました。

遺伝子の異常により主に影響を受ける細胞内シグナリング経路について

下の図は、子宮頸がんにおける遺伝子の異常により主に影響を受ける細胞内シグナリング経路を示しています。

aは、がん細胞の生存や増殖に関わるRTK/PI3K/MAPKシグナリング経路を示しています。それぞれの遺伝子名の下の左の四角には扁平上皮がんにおける遺伝子の変化の割合を、右の四角には腺がんにおける遺伝子の変化の割合を示しています。また、赤色は遺伝子の機能の活性化、青色は不活化を示しています。上の横の二重線は細胞膜を表しており、EGFR、ERBB2、ERBB3という受容体チロシンキナーゼ(RTK)が埋め込まれていることを示しています。

RTKが活性化されるとPIK3CAやKRASを活性化し、それぞれのタンパク質はAKT1、MAPK1を活性化しがん細胞の生存や増殖を促進しますが、それぞれの遺伝子に活性化される変化が起こっている可能性があることが分かります。また、これらのシグナリング経路を抑制するPIK3R1、PTEN、NF1遺伝子には不活化する変化が起こっている可能性があることが分かります。

bにおいては、aにおけるRTK/PI3K/MAPKシグナリング経路に関わる遺伝子にどのような変化が起こっているのかを示しています。上下にそれぞれの遺伝子、左から右に個々の子宮頸がんのサンプルを扁平上皮がん、腺がん、混合型に分けて示しています。

遺伝子の変化は、遺伝子増幅を赤色、遺伝子欠損を青色、タンパク質のアミノ酸が変わる変異を緑色、タンパク質が短くなる変異を黒色の四角で示しています。

cは、細胞の成長の停止やアポトーシス(細胞の自死)に関わるTGFβシグナリング経路にかかわる遺伝子の変化を示しています。TGFβの受容体であるTGFBR2はSMAD4を活性化し細胞周期を抑制しますが、この経路は遺伝子の変化により抑制されています。TGFβはZEB1/ZEB2に働いてがん細胞の転移や浸潤にも関わります。

dにおいては、cにおけるTGFβシグナリング経路に関わる遺伝子にどのような変化が起こっているのかを示しています。このシグナリング経路では遺伝子欠損(青色)、タンパク質のアミノ酸が変わる変異(緑色)、タンパク質が短くなる変異(黒色)により遺伝子の機能が不活化されている可能性があることが分かります。

1.国立がん研究センターがん情報サービス>病名から探す>子宮頸がん>子宮頸がんについてhttps://ganjoho.jp/public/cancer/cervix_uteri/index.html
2.国立がん研究センター内科レジデント編、がん診療レジデントマニュアル、第8版、医学書院、2019年。
3.The Cancer Genome Atlas Research Network. Integrated genomic and molecular characterization of cervical cancer. Nature 543, 378–384. (2017). doi: 10.1038/nature21386 https://www.nature.com/articles/nature21386
参照日:2021/11/

産賀 崇由

元モナシュ大学医学部上級研究員

1964年、岡山県生まれ。広島大学大学院生物圏科学研究科において、神経内分泌学に関する研究により学術博士取得。その後、カリフォルニア大学バークレー校、東京医科歯科大学、早稲田大学、モナシュ大学マレーシア校において研究・教育に携わる。米国留学中に岡山大学医学部名誉教授であった父が大腸がんにより他界したことにより、がんは何故生じるのか、がんを治癒することは可能なのかについて考え始める。主に、がん細胞の遺伝子異常に着目して患者様の疑問に答えて行きたいと思っている。

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