大きな病気にかかると仕事・家庭・人間関係など、患者の生活環境が大きく変わってしまうことがあります。
がんの場合も同様で、がんと診断され、今までの生活の中に治療が入り込むことで環境がガラッと変わり、生活の基盤がゆらいでしまう人がいます。
とりわけ働く世代ががんになったとき、これまで続けてきた仕事をどうするかという問題に直面します。仕事を継続したいと思ったとき、治療と仕事の両立という壁が立ちはだかります。
目次
がん治療をしながら仕事を続けることは可能か
がんの治療は主に手術、放射線、抗がん剤と3種類ありますが、そのうち抗がん剤は体への影響や治療時間の拘束に頭を悩ませる人が多いということがありますので、今回は抗がん剤と仕事の両立ということをテーマにご説明したいと思います。
多くの現役世代ががんになっている
がんは決して高齢者だけの疾患ではありません。厚生労働省が発表したデータでは、がんと診断された人のうち3人に1人は20歳から64歳までの現役世代で、働きながらがん治療をしている人は32.5万人いるといわれています(参考:下記資料)。
がん治療は、がんの種類とステージごとに異なりますが、一般的にステージが上がるにつれて複数の治療を組み合わせるので、治療の期間が長くなる傾向があります。
今回のテーマである抗がん剤を受けながら仕事をするということは、がんがある程度進行している人のケースも多く、それゆえ、仕事に復帰するまでに時間がかかることを想定しておく必要があります。
厚生労働省資料:がん患者の就労や就労支援に関する現状
がんになっても働きたい
がん患者にとっては、がんになっても変わらず働きたいという希望があります。実際に8割以上の人が仕事を続ける、あるいは新たに職を見つけることを望んでいます(参考:下記資料 図19-1)。
働く世代ですから、当然「生計を立てるため」そして「がんの治療費を賄わなければならないため」という意見が挙げられています。がんになっても治療に専念というわけにはなかなかいかないのが現状です。
資料:東京都福祉保健局「がん患者の就労等に関する実態調査」報告書 概要版より
がんになった時の休職日数について
では、働きながら治療を受けることは不可能なのでしょうか。
治療の内容は患者さんによって異なりますが、一定期間、会社を休んで治療を行うことはほぼ避けられません。そうであれば、いったいどれくらい休めば良いの?と不安になりますね。
上記、同様、東京都福祉保険局の調べでは、「がんにかかった従業員のうち、一か月以上連続して休職した従業員」はおよそ74%というデータがあります(図4-3)。4人に3人は一か月以上会社を休まざるを得ない状況に置かれるようです。
また、ステージごとに見ると1期や2期よりも3期4期のほうが休職期間が長くなる傾向です(図11-3)。これは抗がん剤に限ったデータではありませんが、がんになると復職までに時間がかかることがわかります。
そして、その後晴れて職場に復帰しても、治療はそこで終わりではなく、今度は通院治療が始まります。仕事を再開してからは、仕事と治療を並行しなければなりません。今まで仕事をしていた時間の一部を治療にあて、平日の何日かを休みにする、あるいは半休をもらうなどして病院に引き続き通うことになるのです。
がんになったら収入減?
復帰までに一ヶ月かかると想定すると、仮に仕事に復帰後、通院治療が可能であっても、すでに有給休暇を使い切ってしまっている可能性があります。通院のため労働時間を減らしたり、休暇をもらうとそれだけ収入が減ってしまうことになるのです。
同じく東京都福祉保険局の調べでは、働く世代の平均年収は、がんの診断前は395万円のところ、診断後には167万円に落ち込んだとしています。がんになって、今までの生活費にプラスして治療費がかかるにもかかわらず、収入は半分以下になってしまっています。
抗がん剤の問題点「副作用」
費用の問題もありますが、休暇中滞っていた仕事のリカバリーもしなければならないかもしれません。復帰後は今まで以上に仕事に専念したいところですが、そのようにできないことがあります。仕事をしながら抗がん剤を受けなければならないとき、切っても切り離せない問題が「副作用」です。
抗がん剤治療は以前よりも通院で通うことが可能になってきたと言われています。それは、昔のように肉体的、精神的に重い負担をもたらすものから、なるべく副作用を軽減するものへと、抗がん剤が改善したからです。さらに、副作用が発現してもそれに対応する良い薬も出てきました。
しかし、副作用はなくなったわけではありません。人によってはとても辛く、以前と同じ仕事をするのに制限がかかるものもあります。退職せざるを得ないほど、深刻な副作用をもたらす抗がん剤もたくさんあります。
通院が可能になったとはいえ、たびたび仕事を抜けるなど労働時間に制約があることで、ほかの社員への負い目や、職場で居場所を見失ってしまうこともあるでしょう。加えて、会社側から仕事の遂行が不可能だと判断されてしまうことが考えられます。
主な副作用
最後に、具体的な副作用による体への悪影響を述べたいと思います。いくつかのがんにおいて、抗がん剤を使う基準、期間、考えられる副作用をご紹介します。参考にしてください。
胃がん
遠隔転移がない場合は手術。手術後、ステージ2と3であれば抗がん剤を行います。遠隔転移があればはじめから抗がん剤を行います。
術後の抗がん剤は手術の2~6週間後にスタートし、4週間の服用と2週間の休薬期間を約1年繰り返します(S-1単独療法)。初日は点滴その後は2週間の薬の服用と1週間の休薬期間を約6か月実施する方法も(オキサリプラチン、カペシタビン併用療法)。
副作用は治療を始めてから1~2か月以内に強く出る傾向があります。この時期はダンピング症候群や胃を切除したことへの後遺症が出る時期とも重なります。
大腸がん
ステージ2の一部の人とステージ3は手術後、抗がん剤を実施。ステージ4ははじめから抗がん剤。抗がん剤は手術後、1~2か月後を目安にスタート。2~3週間おきの通院で治療。転移がんでは点滴による投与もあり。最長で丸2日かけて点滴することも。
副作用は手や足にしびれや痛みを生じる末梢神経障害や吐き気、めまいなど数種類あり、仕事に支障をきたす可能性あり。特に女性にとっては、脱毛など見た目の変化も仕事に支障が出がちです。
肺がん
比較的早期の段階で、集学的治療(2種類以上の治療を組み合わせること)が行われることが多いのが特徴。そのため、抗がん剤は肺がんの多くのステージで実施され、肺がん患者の6割くらいが使用すると言われています。
抗がん剤は「手術後」「放射線の後」「放射線と同時期」に行われます。抗がん剤の種類は全身状態や副作用によって選択されますが、投与法は入院点滴、通院点滴、服用薬などです。
手術後、抗がん剤を行う期間は4か月から1年ほど。長ければ2年間の場合も。副作用は大腸がん同様、さまざまなものが考えられます。白血球減少という検査でしかわからない重い副作用も。
通院治療を続けながら仕事ができる環境づくりが必要
「仕事と治療の両立が実現できる職場づくり」の必要性を感じている企業は8割以上にも上ることが明らかになっています。
しかし、抗がん剤治療には、副作用や治療に時間を要するということから、治療を開始してから仕事復帰後にわたってさまざまな制約があることはご説明の通りです。
それゆえ、雇用側に問題意識はあるものの、いまだ現場の実体が伴っておらずデータから見ても、がんになったら仕事を失うか、働くことができたとしてもこれまでの収入を維持するのはまだまだ厳しいことがわかります。
今後、高齢化が進むにつれ、ますます働きながら治療をする人は増えることが予想されます。それに伴い、がんという病への理解と安心して働ける職場づくりが実際の職場で浸透してゆくことが一層求められているのではないでしょうか。
東京都福祉保健局 がんの就労などに関する実態調査https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/soudan/ryouritsu/other/houkoku.files/honpen.pdf
厚生労働省 がん患者の就労や就労支援に関する現状
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000043580.pdf
東京都福祉保健局「がん患者の就労等に関する実態調査」報告書 概要版
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/iryo_hoken/gan_portal/soudan/ryouritsu/other/houkoku.files/260527_gaiyou.pdf