がん発見後に最もよく行われる治療は手術です。がんで手術すると言われたら、あなたはどう思いますか。がん自体が死を連想する病気であることに加え、体の一部を失ってしまうこと、麻酔への不安、メスを入れることによる痛み、苦痛…など想像し、大きなショックと心配に襲われるでしょう。
がんの手術と一言で言ってもがんの種類や大きさによって方法は異なります。それに伴い術後の体力回復や生活面も変わります。手術の前から手術の目的や術後どのようなことが体に起こりうるか知っておくことで、余計な不安を取り除き、より納得できる状態で手術に臨むことができるのではないでしょうか。
患者さんご本人に限らず、ご家族の方もこの記事を参考にしてみてください。
目次
手術の条件
がん治療マニュアルのこと
がんには三大標準治療というものがあります。
三大とは手術・放射線・抗がん剤の3種類の治療を指します。このうち1種類、もしくはいくつかを組み合わせるのが現在のがん治療の基本です。
手術はがん治療の中心となる治療で、特定の臓器に腫瘍ができる固形がんの場合、原則として、まずは外科的にがんを取り除く手術が検討されます。なぜ、中心になるかというと、手術は外科医が体を開き、目で見てがんを物理的に取り除く治療です。ですので他の治療に比べがん細胞を全部取り切れる可能性が高く、完治に最も近いからです。
では、がんと診断されたあと誰もが手術を受けることができるかというと、そうではありません。手術を受ける人とそうでない人に分かれます。これは主治医が決めるわけでも、患者さんが選ぶわけでもありません。「診療ガイドライン」に沿って決められているのです。
診療ガイドラインというのは、○○がんの~な状態であれば、こういう治療をしなさい、といったことが書いてあるいわば「がん治療マニュアル」です。主治医はこれを基に患者さんに治療の提案をします。マニュアルで手術が推奨される状態の患者さんは「まずは手術を受けましょう」となるわけです。
手術ができるのはラッキー?
では、手術が推奨されるとはどういう状態か。
簡単に申し上げると、がんが発生した臓器(病巣)にとどまっている状態です。がんは成長すると外に広がっていく性質がありますが、この段階ではまだそこまで進行しておらず、早期がんの状態です。このような場合は一か所にとどまっているがんを根こそぎ取ることができる可能性のある手術が優先されるのです。(逆に言うと一か所にとどまっているからこそ、メスで取り切ることができるわけですが)
がんの種類やステージによって多少異なりますが原則的にこのように、まずは手術ができるなら手術が優先されるのです。
このような理由で、手術をするというのは、早期の状態でがんを見つけ対処することができたという喜ばしい状態なのです。
しかし、手術をしますと言われてがっかりする方もいらっしゃいます。痛みや恐怖、入院することの煩わしさなどが理由でしょう。
中でも最も多い理由は、臓器を失うことへの絶望だと思います。臓器を失うことに対してはその方の置かれた状況、価値観、ご年齢や性別によるところが大きいため、両極端な意見があるようです。例えば乳がんが見つかった女性が乳房を切除すると言われた場合、「見た目にはこだわらない、手術でがんをきれいに取ってほしい」と思う方もいらっしゃる反面、美容面における見た目の変化にどうしても抵抗がある方もいらっしゃるわけです。
このように手術を前向きに捉える方ばかりではありませんが、診断を受けた時点ですでに手術ができず、完治は不可能という方もたくさんいらっしゃるのが現状です。「がんを治す」という点においては手術ができる=幸運なことと言えるのです。
補足
手術には、完治を目指す目的のものの他に、患者さんのQOLを上げる為に行われるものがあります。これはがんによる痛みの緩和、体内のがんの量を減らすことで延命を図る、あるいは消化器系のがんによる食べ物の通過障害を改善したりするケースです。この場合の手術は、いわゆる進行がんに対して行われ、根治はできないとわかっていても症状改善が目標ですので、「三大標準治療の一つである手術」というよりも処置にあたるといえます。
セカンドオピニオンと病院の選び方
セカンドオピニオンは受けたほうがいいの?
緊急を要する手術の場合は、診断された病院で手術を受けるしかありませんが、がんは検査で発見される大きさに至るまで、すでに数年から数十年が経っています。
見つかった直後に慌てて手術を受ける必要がないケースのほうが多いものです。それゆえ、もし手術という方針に納得がいかない場合は、多少治療まで時間を要してもセカンドオピニオンを受けると良いでしょう。
先ほど、診療ガイドラインによって治療方針は決まっているとお伝えしました。病院や医師によって治療方針が変わることは基本的にありません。しかし、状況によっては、医師の診断能力の違いがあったり、医師の見立てに判断が委ねられているケース、他の治療(多くは放射線です)により手術を回避できたりすることがあります。これらの場合はセカンドオピニオンが有効です。違う病院や違う科などで診断・治療方針に関するセカンドオピニオンを受けてください。
セカンドオピニオンを受けた結果、元の病院と治療方針が一致したら元の病院に戻って手術を受ける手続きを進めても良いですし、セカンドオピニオンを受けた病院で手術を受けても良いのです。セカンドオピニオンを求めることで自分の現状に対する理解が深まり、その理解のもとで病院や医師を選ぶことができるというメリットがあります。
病院ランキング
さて、セカンドオピニオンの話が出ましたが、雑誌や本で「○○な病院ランキング」や「頼れる病院リスト」などといった特集が組まれているのを見たことがありませんか。この手のランキング本の手術症例数などは自己申告で水増しされていたり、公的な機関が発表したものではない場合がありますので全てを鵜呑みにするのは考えものです。ある程度の参考として、病院を選ぶ際の検討材料にすると良いと思います。
病院によってはホームページ上で手術件数を公表しているところがあります。また、特殊な方法(術式)を用いる手術の場合は一部の外科医しか行えない為、手術を受けられる病院が限られます。そのような情報もホームページで確認できることがありますので、それらの情報を参考にしてセカンドオピニオンや病院選びをすると良いでしょう。
手術と入院
手術前に確認しておきたいこと
がんと診断された際、その場で今後の予定を決める場合、あるいは後日改めて治療のスケジュールを組む場合があります。緊急入院となった場合は別ですが、そうでない場合はしっかりとご自身の状況を把握してから治療を開始したほうが後々後悔することがありません。現在、医療の現場はインフォームドコンセント(説明と同意)と言って、医療者側は十分な情報を提供し、患者さんはそれに同意したうえで治療を受けるということが大前提です。わからないことは躊躇せず説明を求めましょう。メモを取ったり、家族と一緒に話を聞くなどすると心強いでしょう。
主治医に以下の点を聞いておくと安心です。
病名と進行状態
当たり前だと思われるかもしれませんが、がんと診断された直後は気が動転し、「○○がんということはわかるけど、大きさや転移の有無などは聞いていなかった…」という方がいらっしゃいます。また、医師の説明が医療用語ばかりで理解できない場合はその場で確認しましょう。
治療に関して
- 手術だけなのか、あるいは手術の後(前)に抗がん剤や放射線をするのか。
- 根治できるのか、延命なのか、延命ならどれくらいの延命になるのか。
- 入院も含めて治療期間はどれくらいか。
- 治療のリスクはどのようなものがあるか。
- 他の治療法があるのかなど。
聞いておくべき点がいくつもあると、聞き忘れることがあるかもしれません。メモを持参して簡潔にたずねましょう。
医療費
具体的な治療費に関して医師は把握していないことがありますので、その際は受付などにたずねましょう。
入院は何日?
日帰り手術もありますが、基本的に手術の前後は入院が必要です。入院・手術が決まったあと、どれくらい入院するのだろうと気になるのは当然です。仕事や家事を休まなければなりませんし入院費も心配でしょう。
入院の日数は、がんの場所、進行具合、手術法により異なります。また、年齢や体力による個人差もあります。多くのがんで、より体に負担がかからない手術法が導入されています。それに伴い、以前よりも患者さんの術後の体力回復が早く、入院の期間が短くなってきた傾向があります。
代表的ながんの平均入院日数(単位:日)
参考:厚生労働省ホームページ 年齢階級別退院患者の平均在院日数
概ね普段の生活が送れるようになり主治医の許可が出たら退院です。高齢者のほうが体力の回復までに時間を要するため、入院期間は長くなる傾向がありますが、平均するとだいたい20日から30日くらいが目安でしょう。
手術の流れ
入院から手術まで
入院期間がわかったところで、入院中はどんなことをするのでしょうか。患者さん本人はもちろん、家族や友人もいつからお見舞いに行けるのかなど疑問に思うでしょう。病院により多少違う点はありますが、だいたい入院から退院まではこのような流れになります。
【手術数日~1週間前】
- 入院開始。
- がんの大きさなどの最終検査と、患者さんが持っている疾患や手術に耐えられる体力があるか等の精密検査を行う。
- 家族を交えて主治医から手術の内容・日時・所要時間などの説明。手術同意書へのサインをする。
【手術前日】
入院中は病院食。胃や腸の内容物をなくす必要があるため前日の夕食は流動食などが出さ れ、それ以降は絶食。下剤や浣腸で処置する場合も。
【手術当日】
- 再度浣腸などで腸を完全にからっぽに。
- 手術中の全身管理のため点滴挿入。
- 病棟から手術室へ移動。家族が患者さんと話せるのは手術室に入るまで。手術中、家族は待合室などで待機する。
- 麻酔をかけ意識がなくなった頃手術開始。
全身麻酔の場合は肺まで酸素を送るための人工呼吸器のチューブや、胃液を体外に出すためのチューブを入れる。
【手術後~退院】
- 麻酔が覚めて意識が戻り、健康状態の確認ができたら家族と面会が可能。
- 手術で切除したがんを顕微鏡で確認する検査(病理組織検査)の結果を入院中に聞く場合は結果を待つ。手術で完全に切除できたと判断されれば、体力の回復を待ち退院。
- 検査の結果、進行がんで追加治療が必要な場合は、そのまま入院が継続となることも。
術後の機能回復とリハビリテーション
術後の生活への不安
がんがある程度進行している場合、がんの周囲の臓器もがんと一緒に切除します。ですので手術では、実際のがんの大きさよりも広めに臓器を切り取ることになります。これは、がんが周りの組織まで進行してしまっている可能性があるからです。進行している部分は今のところ目視することはできなくても、体内に残してしまうと大きくなって、いずれ「再発」します。これががんの恐ろしいところです。
痛みや恐怖と闘って手術をしたのに、たった数か月後に再発するなんてやるせません。なにより、再発となれば治療が限られますので完治は困難です。ですので再発を避けるため、最大限がんを取り去ってしまいたいのですが、広範囲で臓器を切除すれば患者さんの術後の生活に支障をきたします。
外科医は、なるべく臓器を残しつつがんを取り切るということに尽力しますが、臓器を失うことによる体のダメージは小さくありません。そこで術後は、それらのダメージからなるべく早く回復できるよう、リハビリテーションや食事の工夫をする必要があります。これらは手術の後(もしくは手術前)に医師や看護師などから指導がありますので安心してください。この記事ではいくつかご紹介します。
口腔がんの手術後
舌がんなど口の中の手術のあとは、口の中の状態が変わってしまうので食事がしづらくなります。咀嚼や飲み込む力の低下に対しては、食事の内容を工夫し食べる速度に注意します。
食事はやわらかいもの、細かいもの、あるいは流動食などで対処します。
嚥下障害があると食べ物がつまり誤嚥を起こすことがあります。少量ずつゆっくり飲み込むことが大事です。
肺の手術後
肺がんの手術ではがんとその周辺の肺の一部を切除します。がんが大きい場合や肺の中で多発している場合は、それに伴い肺の切除範囲も広くなります。
小さくなった肺で十分に酸素を取り込めるよう呼吸の訓練が必要です。訓練は入院中から少しずつ行い退院後も続けます。鼻からゆっくりと息を吸い口から息を吐く腹式呼吸の練習を毎日行うと良いでしょう。
肺がんの方は喫煙者が多いですが、普段の生活では必ず禁煙してください。
乳がんの手術後
乳がんの手術には胸の一部を取る温存手術と胸全体を取る全摘手術があります。
どちらの場合も手術後に再建手術をし、人工的に胸を補正することができます。
手術で胸とともにわきの下のリンパ節や筋肉を摘出することがあります。それによって切除した側の腕の上げ下ろしが困難になり、日常生活に支障をきたすことがあります。手術直後からひじの曲げ伸ばしや、腕を上げるリハビリをし、退院後も継続するよう指示が出ます。日常生活に戻っても重いものを持ったり、長時間運転するなど腕を酷使するのは避けましょう。
食道がん・胃がんの手術後
食道がんの手術では食道の一部あるいは全部が摘出されますので、大きなものを飲み込むことができなくなり、時間もかかります。
口からある程度食事が取れるくらいまで回復した時点で退院となります。ご自宅の食事で気を付けることは、食事の回数を増やし、こまめに少しずつ食べることです。
胃がんの手術も胃の一部もしくは全部を切除します。ですので、食べたものが胃で十分消化できないまま小腸へ送られてしまう「ダンピング症候群」という症状が出ることがあります。ダンピング症候群の症状は、動悸や冷や汗、めまいや全身倦怠感などのほか、腹痛や嘔吐、吐き気、下痢など様々です。食道がんの場合と同じように、1回あたりの食事量を少なくして、消化によいものを細めに食べるようにしたり、ゆっくりかんで飲み込むようにすると良いでしょう。胃の容量は手術後1年くらい経つと徐々に回復してきます。
おわりに
がんになったら何かしら失うものがあります。これは全ての方に言えることです。
命を守るために体の一部、時間、仕事、お金など様々なものを犠牲にせざるを得ないのががん治療です。患者さんが払う犠牲を少しでも小さくするべく医療技術は発展しつつありますが、それは手術にも言えることです。より体への負担が少ない手術法が少しずつ増えていっています。ですので、手術と言われたら本やインターネットなどを使ってなるべく多くの情報を集めることをおすすめします。基本的に医師が教えてくれるのは、その病院で施せる手術法だけですので、ご自身で探さないと情報を得ることができません。
しかし、体の負担が少なくても再発の可能性が高くなるような治療は良いとは言えません。治療方針で悩む場合は、体の負担の大きさと再発率、この2点を必ず医師に確認してください。十分な理解と納得が得られたうえでの治療が理想です。この記事で載せた情報は一部ですが、皆様の理解の助けとしてご活用いただければ幸いです。
国立がん研究センター がん情報サービス
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