がんになったら手術や抗がん剤のスケジュールがどんどん決まってゆきます。そこには当然お金がかかります。高額な治療費がのしかかってくるうえに、仕事を休んでいても生活費は必要です。
収入は減って出費が増える…というのは働く世代でがんになった人の大きな悩みでしょう。さらに収入が減るだけではなく、仕事を失う人も少なくありません。今回は仕事と治療の両立という点でどんな問題が生じているのか、主に会社に所属し働く人をメインに考えてゆきたいと思います。
目次
データからみる厳しい現実
がんは高齢者がかかる病というイメージがありませんか。しかし若い世代、働く世代でがんになる人が年々増加しています。
厚生労働省によると、がんになった人のうち32%、およそ3人に1人が20歳から64歳までの働く世代だということです。69歳までを対象にすると、45%にまでのぼります(参考※1)。がんは決して高齢者だけの病ではないのです。
さらに厚生労働省では、そのような働く人々の仕事と治療の両立についても統計をとっています。それによると約32.5万人もの人が働きながらがん治療をしていることがわかります(参考※2)。今後、高齢者の雇用も進むとなれば、ますます仕事と治療の両立をする人が増えてくることが予想されます。
国としても「がんになっても働くことができる社会」というのを課題のひとつとしています。それにもかかわらず、がんになったことをきっかけに仕事を失う人は決して少なくありません。がん罹患後の依願退職・解雇・廃業(自営業)は3割を超えています(参考※3)。働き続けたいという社員の希望に反して、がん経験者を雇用し続ける会社ばかりではないという厳しい現実がうかがえます。
働く世代ががんになったとき、仕事と治療の両立ができるかということは、やはり大きな悩みとなるでしょう。この世代は親の面倒をみたり、子どもを養っている人たちですから、なおさら仕事を辞めて収入がなくなるのは困ります。治療だけに専念するわけにはいかないでしょう。
現在のがん治療は体の負担をより軽減することに重きが置かれ、同時に効率よくがんを叩けるよう技術が進んできました。その結果「がん=死、不治の病」というのは昔の話で、がんになっても回復し、また元の生活を送ることは珍しいことではなく、がんになった後の人生が長いわけです。
しかしながら、以前と同じように暮らすために必要とされる社会復帰、職場復帰がかなわないという問題が起こっています。
そこには社会の理解不足や偏見があること、またがん患者の復帰を受け入れる体制が整っていない職場もあるでしょう。患者側も、治療による後遺症や副作用で以前のように働けなくなるかもしれないという不安、サポート制度への不十分な理解など様々な要因があるようです。
参考※1:「性別・年齢別がん罹患者数」 参考※2:「仕事を持ちながら悪性新生物で通院している者」 参考※3:「がん患者、経験者の就労問題」
厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査」
問題はどこにある
社会の偏見・理解不足
がんになったことをきっかけに、仕事を続けたくても辞めざるを得なかったという人がたくさんいます。ひとつの原因として、社会の理解不足ということが挙げられるように思います。
2人に1人ががんになる時代に、いまだ世間では「がんになったら普通の生活を送れない」や「死ぬ」などと、がん患者全員をそのように捉えてしまう雰囲気があります。そして、患者本人がそのように思われることを知っているがために職場にがんであることを知られるのをひどく恐れる人は少なくありません。
「がんと伝えたらもう出世できないのではないか」「リストラの対象になるのではないか」という不安を抱えてしまうのです。
また、治療や検査でたびたび休んだり、遅刻や早退をすると「他の社員に迷惑をかけているのでは」と引け目を感じ、それならいっそ仕事を辞めたほうがいいのではないかと自ら退職を決めてしまうこともあります。
このように、がんであることを隠さなければならない、がんであることは迷惑がられる(と感じる)、という風潮は今後ぜひ改善されてほしい部分ですが、もし、できることがあるとすれば、自分の納得のゆく働き方について職場に説明することも必要であると思います。
それは会社側も、社員の病名や病状の情報がなかったり、就労力がどのように変わったのかわからなかったり、今後どの程度の配慮が必要なのか、などということがわからず困っているかもしれないからです。
社内で必要な人に、自分はどこまで貢献できるのかを示し把握してもらうということをしてみるのはいかがでしょうか。それが会社、従業員双方にとって良い結果になるかもしれません。
以前と同じようには働けない?
がん治療というと長い入院や辛い副作用に悩まされるという印象があるかもしれませんが、今はそうではありません。
入院期間を短くし、できる限り通院しながら治療を受けるのを基本としていますし、医療機器の向上や良い薬の開発によって副作用は軽減されるようになりました。日常生活に大きな支障をきたさずに治療を受けるということが可能になっています。そのため働きながら治療を受ける人が増加しました。
そう聞くと、仕事と治療の両立がしやすくなったかのように思いますが、それでも解雇や依願退職する人が勤務者の3割にのぼるということはなぜなのでしょうか。
まずは、仕事と治療の両立という側面から見たときの主な治療の特徴を見てみましょう。
治療は手術、放射線、抗がん剤のうち、その人の進行度に応じて決定します。手術だけで終わりというものではなく、このうち2つ以上を組み合わせて行うことのほうが多いです。入院が短くなる一方で放射線や抗がん剤のための通院がしばらく続きます。
がんの手術後の仕事の制限について
手術に関して就労上気になる点は、入院期間と術後の合併症や動作に制限があるということです。
入院は、体力の回復をまってから退院許可が出ますので予定より長くなることがあります。合併症や動作の制限という点では、体のどこをどの程度手術するかで変わります。それが仕事において支障をきたす場合は主治医に回復の見込みを確認し、勤め先に報告するのが良いでしょう。
放射線治療中、治療後の業務への影響
放射線は通院で行うことが多くなりました。よくあるパターンとして、平日5日間を数週間通院で行うというもので、午前か午後、半休をもらって治療と両立する人も多いようです。
放射線の照射時間は10分ほどで短時間です。職場と病院の距離によってはこのような働き方が可能な人もいるでしょう。倦怠感、吐き気、体力低下などの副作用が考えられます。就労に支障をきたす場合は会社と勤務時間を調整する必要があります。
抗がん剤治療後の会社復帰について
副作用が懸念される抗がん剤ですが、治療日と休薬日を周期的に何度か繰り返すスケジュールとなります。抗がん剤もなるべく通院で行う傾向にありますが、副作用によっては入院が必要になることも。
副作用のことを考えると復帰の時期や仕事のスケジュールを組むことが難しいかもしれませんが、副作用の出方、出る時期はあらかじめ予想がつきますので会社に伝え、変更があれば調整すると良いでしょう。
がん治療による仕事への影響は個人差がある
仕事の内容、副作用・後遺症の程度によって仕事に影響が出る人と出ない人に分かれると思います。いくら治療による負担が軽くなったとはいえ、体力や職場環境にも個人差があります。
しかしながら、本人は就労が可能だとしているのに反し、会社側から一方的に就労が無理だと判断されてしまう、あるいは通院しながらの就労をよく思われないということが起こっているのです。治療には時間がかかるということを当たり前として職場が受け入れてくれる日が早く訪れることを願います。
がん治療中も仕事を続けるために活用できるもの
政府は2012年、がん対策推進基本計画によって「がんになっても安心できる社会の実現」を目標に掲げました。その中で働く世代のがん対策を新たな課題としています。
がんになっても以前のように働きたいとき、私たちは何ができるのでしょうか。
身の回りの活用できるモノ
就業規則を読んだことありますか?
就業規則とは、その会社が個々に定める社内の規則です。労働時間や休日・休暇、支払われる賃金額などが載っています。
仕事と治療の両立において、勤務日に治療のため休みを取ることはほとんど避けられません。今後の収入、待遇などのためにも会社の就業規則を把握しましょう。
例えば、一般的な有給休暇を使いはたしても、半日単位や時間単位の有給休暇がもらえたり、就業時間の繰り上げ・繰り下げができたり、パソコンが使える環境なら在宅勤務を選択できるなど、利用できる制度があるかもしれません。就業規則の閲覧を希望するときは会社の人事、総務部に聞いてみましょう。
病状は医師に確認しましょう
上記でも少しお伝えしましたが、がんになった社員の情報が足りず、今後どのように対処してよいか会社側が困っている場合があります。社員は「自分にとって不利益になるのでは」という不安から必要なことも会社に報告しづらいのでしょう。
現在の状況・本人の希望・以前と比べてどの程度仕事ができるのかなど、会社の立場で考えると当然このような情報はほしいところです。
自力で伝えるほか、医師に、治療の状況や就業継続の可否等などの情報を盛り込んだ書類を書いてもらえば、医学的な見地を含めて会社に報告することができます。会社と交渉するうえでの有力なツールになるかもしれません。
産業医、産業看護師って何?
産業医とは、企業などで健康管理を担う医師のことです。健康診断の結果をもとにした働き方に関するアドバイスや指導など、仕事と健康に関する職務を担当しています。
産業看護師とは企業などに勤務する看護師のことで、産業医と同様に従業員の健康管理に従事します。がん治療と仕事の両立を目指すときに、職場の事情を理解し医学知識もある専門家として、頼りになる相談相手になります。仕事をするのに十分な体力が回復しているか、副作用で業務に支障をきたすのが心配など不安なことを相談してみましょう。
働く世代の味方、夜間診療
がんになる前と同じように働けるように夜間の外来を設けている病院があります。例えば東京都江戸川区にある江戸川病院(https://www.edogawa.or.jp)では放射線での治療を夜10時まで行うことができます。
仕事が終わってから通うことができれば、仕事の時間を削る必要がありませんし、周囲の人に公言せずに治療を受けやすいので非常に助かるのではないでしょうか。しかし、残念なのはこのように夜間外来を設けている病院は全国でも数が少ないという点です。このような病院が今後増えると良いのですが。
がんになっても仕事復帰が当たり前の社会が訪れることを願って
がんと仕事の両立を難しくしている理由はいくつかあって、社会的・心理的・医学的な原因が絡み合っているように思います。社員の「仕事を続けたい」という意思だけではどうにもならず、病気への理解不足や本人の体力の低下やそのほか厳しい現実が存在しています。そして、いろいろな事情があるなかでやはり従業員のほうが立場が弱い。非情ともいえる解雇もあるようです。それでも読んでいる方の参考になることがあればと思い、この記事を作成しました。
がんになっても不安なく復帰し活躍することがあたりまえの社会が訪れることを願っています。