精巣がん治療と副作用について

精巣がんは腫瘍のタイプを明らかにするため、原則手術が必要です。その後、病気の広がりや腫瘍マーカーを検査して治療方針を決定します。

精巣がんの治療では手術のほかに薬物療法や放射線療法もあります。さらに精巣がんの治療では将来子供を持つ予定があるかどうかも重要です。治療の結果、永久的な不妊症になることもあります。

ここでは精巣がんに対して行われる治療の基礎知識を紹介します。病院の説明を受ける前に目を通しておくと、多少病院での説明も理解しやすくなるでしょう。

病院で治療方針の説明を聞くときのポイントは、がんの場所やステージ、転移の有無など病気の状態、なぜその治療法がよいのか、その治療のメリットとデメリット、その治療以外の選択肢があるのかないのかといったことを聞くことが重要です。

目次

精巣がんの主な治療法

精巣腫瘍が疑われたら治療方針を決定するために「高位精巣摘除術」を行います。丸ごと取り出した精巣を顕微鏡で調べて精巣腫瘍の種類を明らかにし、そのほかに全身の画像検査による病気のひろがりや血液検査による腫瘍マーカーの数値を明らかにして治療方針を決定します。

ガイドラインに掲載されているステージ別の(高位精巣摘除術後の)標準的な治療方針は以下の通りです。

セミノーマの場合

ステージ1

経過観察。
もしくは傍大動脈領域に予防的放射線照射。
またはカルボプラチン単剤で1~2コースの化学療法。

ステージ2

A5cm未満
傍大動脈+患側の総腸骨動脈領域に放射線照射
場合により化学療法

5cm以上
化学療法

ステージ2B以上

化学療法

非セミノーマの場合

ステージ1

脈管浸潤なし
経過観察
もしくは後腹膜リンパ節郭清

脈管浸潤あり
化学療法
もしくは経過観察
もしくは後腹膜リンパ節郭清

ステージ2A

化学療法
ただし2cm未満で腫瘍マーカーが陰性の場合は経過観察や後腹膜リンパ節郭清も可。

ステージ2B以上

化学療法

*患側:病気がある側(右の精巣腫瘍であれば右側)
*後腹膜リンパ節 お腹の中には腹膜と呼ばれる膜があり、腹膜で包まれた空間を腹腔(ふくくう)と呼びます。この腹腔の中には胃や腸があります。後腹膜とは腹膜の外側を指し、具体的には腹腔よりも背中側を指します。例えば腎臓や膵臓、大動脈は腹膜よりも後ろ側(背中側)にあり、これらの臓器は後腹膜臓器と呼ばれます。おなじく後腹膜にあるリンパ節を後腹膜リンパ節とよびます。精巣腫瘍の治療ガイドラインに掲載されている傍大動脈リンパ節、総腸骨リンパ節は後腹膜リンパ節の一部です。

手術のメリットとデメリット

精巣腫瘍が疑われるときに行う精巣の摘出術は「根治的高位精巣摘除術」です。腰椎麻酔もしくは全身麻酔で鼠径部(そけいぶ:足の付け根)を切開し、がんが疑われる側の精巣とその精巣につながっている血管や精管など(これらをまとめて精索とよぶ)を一緒に切除します。精巣腫瘍はこの精索を通って転移するので、再発の可能性を下げるためにも精索を一緒に摘出することが重要です。

その他に転移の範囲によっては後腹膜リンパ節郭清術、転移巣切除術が追加されることがあります。

手術のメリット

精巣腫瘍の場合、精巣の一部だけを切除することはがんをひろげてしまう可能性があるので、最初から患側の精巣を丸ごと、精索と一緒に切除します。

この取り出した精巣を顕微鏡で調べることで、精巣腫瘍であるのか、精巣腫瘍であればセミノーマなのか非セミノーマなのかといった情報を得て、その後の治療方針を決定することができます。

もちろん転移がない場合には、手術のみで治療が終了となることもあります。

手術のデメリット

根治的高位精巣摘除術は比較的お腹の浅い部分で行う手術のため、ほかのお腹の手術と比べると手術による偶発症(合併症)は少なめです。

しかし、手術前にどんなに検査や準備をしても、手術や麻酔による偶発症の危険性をゼロにすることはできません。そのため、病院はあらゆる想定をもとに予防や術後の診察を行い、偶発症を早期に発見し迅速に対応するようにしています。

ですが自分の体のことですからすべて病院任せにせず、自分でも偶発症が起きた場合にすぐ気づけるように、自分の手術ではどんな偶発症が起こりうるのかをきちんと聞いておきましょう。

比較的頻度の高い偶発症は以下の通りです。

出血
傷口からの出血やおなかの中での出血などがある。

縫合不全
縫い合わせた部分がしっかりくっつかないこと。

創部感染
手術の傷に細菌が感染すること。

腹腔内膿瘍
おなかの中に膿がたまること。

肺炎
全身麻酔時の人工呼吸器などの影響で肺に感染が起きること。

下肢深部静脈血栓・肺血栓塞栓症
足の動きが減ることで、足の血管に血栓(血の塊)ができること。もしくはその血栓が肺に飛んで、肺の血管が詰まること。

せん妄
手術や入院のストレスなどの原因でおきる意識障害。意味不明な言動や幻覚・幻聴、暴れるといった異常行動がみられる。

薬剤アレルギー
手術で使用される麻酔薬や抗生剤、鎮痛剤などに過敏反応を起こし、蕁麻疹や吐き気、血圧低下や呼吸困難といった症状が現れることがある。

射精障害
手術で神経を切断すると射精時に精液の膀胱逆流がおこりますが、そのことによる体への悪影響はありません。

薬物療法のメリットとデメリット

精巣腫瘍はセミノーマ、非セミノーマどちらであっても抗がん剤の効果が期待できます。転移があるセミノーマであっても化学療法を中心とした治療で完治を望むことができます。

精巣腫瘍に使用される代表的な薬剤

導入化学療法
導入化学療法は治療の最初に行われる化学療法です。

  • BEP療法(ブレオマイシン+エトポシド+シスプラチン)
  • EP療法(エトポシド+シスプラチン)
  • VIP療法(エトポシド+イフォスファミド+シスプラチン)

術後補助化学療法
術後補助化学療法は、手術後に再発予防を目的として行われる化学療法です。

セミノーマ(ステージ1術後):カルボプラチン単剤
非セミノーマ(ステージ1術後脈管浸潤あり):BEP療法

救済化学療法
救済化学療法は初期治療で治癒しなかった場合に行われる化学療法です。

TIP療法(パクリタキセル+イホスファミド+シスプラチン)

抗がん剤の作用

プラチナ製剤(シスプラチン・カルボプラチン)
二本鎖のDNAを結びつけることで複製を阻害する。

トポイソメラーゼ阻害剤(エトポシド)
細胞分裂するときにDNAを切り離したり、再度結合するときに働くトポイソメラーゼという酵素の働きを阻害する。

微小管作用薬(パクリタキセル)
細胞分裂に関係している微小管に働きかけて、がん細胞の分裂を妨げる。

アルキル化薬(イホスファミド)
がん細胞のDNAにアルキル基をくっつけ、DNAの構造を変化させる。

抗がん性抗生物質(ブレオマイシン)
DNAの合成を阻害して細胞の増殖を抑制する。

薬物療法のメリット

薬物療法は全身投与のため、画像検査では確認できないような小さながんに対しても効果を発揮します。

薬物療法のデメリット

薬による副作用の可能性があります。副作用には薬を投与してすぐに現れるものもあれば、後日症状が出たり、投与をやめた後でも症状が続くものもあります。また、症状としては現れなくても、血液検査やレントゲンなどで判明する副作用もあるので、定期的な検査が必要です。

代表的な副作用とその対処方法は以下の通りです。

吐き気・嘔吐
吐き気止めやステロイド。

白血球減少
顆粒球コロニー刺激因子製剤、感染予防のための隔離。

血小板減少
血小板輸血。

腎機能障害 
水分補給の点滴などで予防を行う。

脱毛
治療中はほぼ100%発生するが、抗がん剤投与が終了すれば改善する。

末梢神経障害
手足のしびれや耳鳴り、難聴。

不妊症
抗がん剤投与前に精子の凍結保存を検討。

不妊症について。
抗がん剤投与後、最低2年は正常な精子を作ることができません。大量の抗がん剤を使用した場合には永久的に精子を作る能力が失われることがあります。特に精巣がんの抗がん剤治療で重要な薬であるシスプラチンは合計投与量が400mg/m3を超えると永久的な不妊症になる可能性が高いと報告されています。

放射線治療のメリットとデメリット

腫瘍細胞に放射線をあてることで腫瘍細胞を破壊する治療です。特にセミノーマでは放射線治療が有効です。セミノーマのステージ2Aに対しては放射線照射のみで治癒率は90%程度が期待できます。
非セミノーマでは放射線治療の効果が低いため、第1選択とはなりません。

放射線のメリット

放射線治療そのものはじっと寝ているだけで行うことができるので、体力低下がある場合でも治療を行うことが可能です。入院せずに外来で行うことができる治療です。

放射線のデメリット

精巣腫瘍で使用される放射線の量はそれほど多くないため、大きな副作用はありません。照射中の全身倦怠感や微熱、食欲不振、下痢などがありえますが、一時的なものです。
放射線治療は専用の設備が必要であり、どの病院でも可能な治療ではありません。

その他の治療法

腹腔鏡下の後腹膜リンパ節郭清術

低侵襲手術として腹腔鏡を用いての後腹膜リンパ節郭清術が先進医療として行われており、術後の痛みが少なく体の早期回復が可能となっています。

臨床試験

標準的な治療として確立されてはいませんが、理論上精巣がんに効果が期待できる治療を受けることができます。限られた病院で実施されています。

緩和ケア

一昔前、緩和ケアは治療法のないがん患者に対して行われるといったイメージでしたが、最近ではすべてのがん患者において肉体的・精神的サポートを行うために緩和ケアが重要と考えられています。そのため、「あなたには緩和ケアが必要です」と言われても、早とちりして「私はもう治療できないんだ」と思わないでください。治療が順調に進んでいても、がん患者さんの多くはがんと宣告されたときから様々な不安を持っています。そしてがんによる症状、治療による副作用、治療後の後遺症に悩む方もいます。そのような肉体的・精神的ケアを行うのが現代の緩和ケアです。

「がんと言われて不安だ」「抗がん剤の治療をしているから吐き気くらいは我慢しなければならない」「治療費がどのくらいか心配だ」といったがんにまつわる様々な不安・症状を取り除くのが緩和ケアです。

精巣がんの再発や転移について

精巣がんの再発

画像検査ではリンパ節転移がないステージ1と判断されても、あとからリンパ節転移が判明することが2割程度あることが分かっているため、放射線治療や化学療法の追加を検討します。

しかし、この予防的な治療は統計上8割の患者には不要な治療です。予防的な治療を受けなくても、その後きちんと経過観察を受けていればリンパ節転移が出てきてからでも完治を目指す治療ができるため、再発予防の治療についてはしっかりと検討することが必要です。

例えばセミノーマのステージ1の場合、腫瘍の大きさが4㎝以上、精巣網への浸潤がある場合に再発しやすいということが分かっています。

*精巣網(精巣と精巣上体のつなぎ目)

再発は治療終了後早い段階でおきることが多いため、最初の1年は1ヶ月に1回の検査を受けるなど、頻回な通院が必要です。通常は5年経過する再発の可能性が低下するため1年に1回程度の経過観察になります。

精巣がんの転移

通常精巣がんはまず精索を経由して腹部大動脈周囲のリンパ節に転移します。そして肺や肝臓、脳などに転移します。

北里大学医学部 泌尿器科学教室 | 泌尿器科の代表的な疾患
新潟県立がんセンター新潟病院 | がん・疾患情報サービス
名古屋大学大学院医学系研究科 泌尿器科学教室 | 精巣がん
がん診療・治療情報サイト | 精巣腫瘍
参照日:2021年4月

春田 萌

日本内科学会総合内科専門医・日本消化器内視鏡学会専門医