脳腫瘍の治療と副作用について

脳腫瘍は発生部位やひろがり具合、最初の治療効果などにより、手術や抗がん剤、放射線治療などさまざまな治療が行なわれる可能性のある病気です。

場合によっては治療により運動や言語などに障害が残ることもあります。障害の危険性が上がっても確実な治療を選択するか、治療後に脳の機能をどの程度残すかといったバランスを考慮せねばならず、脳腫瘍の治療を決めるのはとても難しいことです

病院で治療方針の説明を受けるときには、何という脳腫瘍なのか、病変はどの部位にあって、どの範囲までひろがっていて、なぜその治療法がよいのか、その治療のメリットとデメリット、治療後の生活で変わることは何か、その治療以外の選択肢があるのかないのかといったことを聞くことも重要です。

目次

脳腫瘍の主な治療法

脳腫瘍の治療は手術・抗がん剤・放射線治療の3つの方法を、腫瘍細胞のタイプ・病変の部位・基礎疾患・体力などを考慮して決定します。治療は1つとは限らず、2つ以上を組み合わせたり、時間差で行なったりすることもあります。

手術のメリットとデメリット

脳腫瘍の治療の難しさは、病変と正常な脳の境目がわかりづらいことや、正常な脳を切除してしまうとそれまでできていたことができなくなる可能性があることです。

通常他の部位のがんでは、がんと正常の境目がはっきりしていても、念のため数mmから数cm大きめに病変を切り取ります。これは目に見えない細胞レベルでがん細胞がひろがっている可能性があるからです。

しかし、脳でおなじように切除を行うと、その数㎜ひろく切除した部分に何かの機能があった場合、手術後その機能を失ってしまうことがあります。とくに悪性度の高い脳腫瘍は周囲にしみこむようにひろがるため、どこまで切除するのか、といった判断はさらに難しくなります。

また、腫瘍が脳の中心部に近い場合、どのようにしてその部分までたどり着くかといったことも重要になります。頭には重要な血管や神経があり、脳を切り開く行為ですら後遺症を残す可能性があるからです。

そのため脳腫瘍の手術では他の部位のがんと異なった方法を行なうことがあります。

神経ナビゲーションシステム

手術前に撮影したMRI画像を加工し、病変の位置や周囲の血管、神経の位置関係を表示したものです。

神経内視鏡

脳に直径5mm以下の細いカメラを挿入して行なう手術です。病変に接近しやすい、手術時間が短く患者の身体的負担が少ないといったメリットがあります。

運動誘発電位

手術中に脳に弱い電気を流してその部位の機能を確認する方法です。

覚醒手術

手術中に起きた状態にすることで、脳の機能を確認しながら手術をする方法です。手術中に「右手を動かしてください」「しゃべってみてください」と指示され、その機能が保たれているかを確認しながら行う手術です。

切除しようとする位置に脳の働きを抑制する電気を流した状態で、患者さんに言葉を発してもらい、もし言葉が出てこなくなったら、その場所は会話に関係した部位とわかるため、その部分の脳はできる限り残す、といった選択をしながら手術を進めます。

アミノレブリン酸

頻度の多い神経膠腫の手術で使用される薬です。神経膠腫はしみこむように周囲にひろがる性質があり、正常な脳との境目がわかりにくい病気です。アミノレブリン酸を取り込んだ神経膠腫はレーザー光線を当てると光るため、手術前にアミノレブリン酸を内服して手術中にレーザー光線を当てながら病気の範囲を確認して切除することがあります。

グレード1の良性脳腫瘍は手術で完全に切除できればほとんど再発しません。
薬物療法や放射線治療の効果が高い中枢神経系悪性リンパ腫や胚細胞腫は生検のみにとどめて、手術で完全切除をしない場合もあります。周囲に重要な機能を持つ部位がある場合は可能な範囲だけ手術で取り除いて、残った病変に対してはあとから放射線治療や抗がん剤を追加することもあります。

手術のメリット

手術の一番のメリットは病変を取り出すことにより、より細かい病気の評価と治療の効果の判定が可能であるということです。

後述する抗がん剤や放射線療法の場合、治療が効いているかどうかは画像検査で判断しますが、言い換えれば目で見えない大きさの病変については評価できません。

しかし、手術の場合は、病気がひろがっていると思われる範囲を取り出し、顕微鏡による検査(病理検査)を行って、十分に取り切れているかを評価することができます。細胞レベルで評価するため、CTやMRI、PET検査よりも精密な診断になります。

手術のデメリット

脳は部位によってさまざまな機能を担っています。腫瘍の位置によっては、周囲の正常な脳に全く影響を与えることなく治療を行なうことが難しい場合もあります。手術によってそれまでできていたことができなくなる可能性があります。

また手術前にどんなに検査や準備をしても、100%安全な手術はありません。

手術や全身麻酔による合併症の危険性はゼロではないので、病院はあらゆる想定をもとに合併症の予防や術後の診察を行い、合併症を早期に発見し迅速に対応するようにしています。しかし、自分の体のことですからすべて病院任せにせず、自分でも合併症が起きた場合にすぐ気づけるように、自分の手術ではどんな合併症が起こりうるのかをきちんと聞いておきましょう。

比較的頻度の高い合併症は以下の通りです。

手術中もしくは手術直後に起こりうる合併症

  • 出血:傷口からの出血や脳の中への出血などがあります。
  • 感染症:手術の傷や脳内に細菌などの病原体が感染すること。
  • 縫合不全:縫い合わせた部分がしっかりくっつかないこと。
  • てんかん発作:手術部位の損傷や術後のむくみなどによりけいれんなどのてんかん発作を起こすことがあります。
  • 髄液漏:脳の周りにある髄液が漏れること。頭痛、めまい、倦怠感などを引き起こします。
  • せん妄:手術や入院のストレスなどの原因でおきる意識障害。意味不明な言動や幻覚・幻聴、暴れるといった異常行動がみられます。

抗がん剤のメリットとデメリット

脳には血管内の有害物質が脳に届かないようにする血液脳関門が存在するため、脳には薬が届きにくいという特徴があります。

脳腫瘍でよく使用される薬剤の分類

  • アルキル化薬:がん細胞のDNAにアルキル基をくっつけ、DNAの構造を変化させる
  • プラチナ製剤(白金製剤):二本鎖のDNAを結びつけることでがん細胞の複製を阻害する
  • トポイソメラーゼ阻害剤:細胞分裂するときにDNAを切り離したり、再度結合するときに働くトポイソメラーゼという酵素の働きを阻害する
  • 分子標的薬:がんが大きくなるために必要な血管新生や細胞増殖にかかわる因子を阻害することで効果を発揮する

脳腫瘍でよく使用される抗がん剤(商品名)

ニドラン(一般名:ニムスチン)

昔から使用されている点滴のアルキル化剤。

テモダール(一般名:テモゾロミド)

主に神経膠腫に対しても使用される内服のアルキル化剤。

カルボプラチン

悪性神経膠腫に使用される白金製剤。

エトポシド

悪性神経膠腫に使用されるトポイソメラーゼ阻害剤

アバスチン(一般名:べバシズマブ)

膠芽腫に対して使用されます。
腫瘍が大きくなる時に分泌される血管内皮増殖因子をブロックすることで腫瘍が大きく育つのを防ぎます。

ギリアデル(一般名:カルムスチン)

ギリアデルは悪性グリオーマに対して脳内留置用剤として日本で保険認可された薬です。

薬の分類としてはアルキル化剤に分類されます。脳内留置用剤とは、手術で腫瘍細胞を取り除いてできたスペースに貼り付ける薬です。徐々にその場所からしみ出して周囲にひろがることで、効果を発揮します。

抗がん剤のメリット

抗がん剤は細胞レベルで効果を発揮するため、目に見えない腫瘍細胞に対しても効果を発揮します。

抗がん剤のデメリット

抗がん剤の作用は全身の正常な細胞までおよぶため、吐き気、下痢、口内炎、脱毛といった副作用の症状が現れることがあります。

また、自覚症状がなくても血液検査や画像検査を行わないとわからない副作用もあるため、定期的に検査を行って経過を見ていく必要があります。

使用する薬によって出現しやすい副作用はわかっているため、あらかじめ副作用が出にくいように予防薬を使用することもあります。

放射線治療のメリットとデメリット

放射線治療は照射する範囲で5種類に分類されます

局所照射

神経膠腫などでは病変摘出後、周囲に腫瘍が残っている可能性を考えて、腫瘍の外2cmの範囲に放射線照射を行います。神経膠腫・乏突起膠腫・低悪性度上衣腫・毛様細胞性星細胞腫などが対象になります。

拡大局所照射

病変から10mm以上外側まで照射する場合は拡大局所照射と呼びます。悪性神経膠腫、上衣腫、髄膜種などが対象となります。

全脳室照射

胚細胞腫瘍に対して行われます。

全脳照射

脳全体にひろがる腫瘍に対して行われます。対象となる疾患には悪性リンパ腫や転移性脳腫瘍などがあります。

全中枢神経系照射

脳と脊髄、そしてその周りを包んでいる脳脊髄液のすべてを含むように放射線を照射する方法です。対象となる疾患は髄芽腫・上衣腫・高悪性度の胚細胞腫瘍などがあります。

できるだけ目標の位置に正確に照射するためには以下のような方法を使用することもあります。

IMRT(強度変調放射線治療)

コンピューターを使って3次元で腫瘍の形を把握し、あらゆる方向から腫瘍に放射線を当てることで正常細胞への影響を最小限に抑えることができる治療方法

定位放射線照射

ガンマナイフ・サイバーナイフ・Xナイフなどの器械を用いてピンポイントで照射する方法

放射線治療は全体でどのくらいの量を使用するかを決めて、それを1回で当てるのか、複数回に分けるのか検討します。全体の量が同じでも、1回の量が多ければ治療効果は高いですが、副作用も増えます。

放射線のメリット

治療そのものはじっと寝ているだけで行うことができるので、高齢者や体力低下、肝機能障害・腎機能障害などがあっても行うことができます。

その他に手術と比較して脳の機能を温存しやすい、手術が難しい位置でも治療ができる、抗がん剤と比較して全身への影響が少ない、外来通院でも治療ができるといったメリットがあります。

放射線のデメリット

放射線独特の副作用があります。

  • 白質脳症:認知症のような症状が現れることがあります
  • 脳梗塞:放射線治療後5年以上経過して起きることがあります。
  • 放射線誘発性腫瘍:放射線治療後10年以上経過して発生する脳腫瘍です。タイプとしては髄膜腫が多くみられます。
  • 下垂体機能低下:下垂体はさまざまなホルモンを分泌しています。下垂体に放射線が当たる治療を行なった場合、数年後に下垂体機能が低下することがあります。
  • 甲状腺機能低下:甲状腺も体の機能を調節するホルモンを分泌しています。甲状腺が照射範囲に含まれている場合、その機能が低下することがあります。
  • 放射線治療後の偽性進行:神経膠腫でよくみられる症状です。放射線治療が効いているのに見かけの症状が悪化することです。神経膠腫に対して放射線治療+テモダールによる抗がん剤治療を行うと5人に1人程度の頻度で見られます。腫瘍の周囲に脳浮腫が起き、画像検査では一旦脳腫瘍が大きくなったように見えます。さらに麻痺が悪化したり、てんかん発作が増えることもあります。
  • 放射線宿酔:二日酔いのような吐き気・嘔吐・頭痛・倦怠感といった症状が現れます。放射線照射直後に症状が現れ、その後数日かけて軽快します。放射線治療の初期に強く現れ、回数を重ねると症状が軽くなるのが一般的です。
  • 頭蓋内圧亢進:脳の圧が上がること
  • 骨髄抑制
  • 脱毛
  • 中耳炎

その他の治療法

交流電場腫瘍治療システム

頭の皮膚に電極を貼り、小さな機械につなぎます。脳腫瘍の周りに特殊な電場を発生させることで、腫瘍細胞が分裂するたびに壊れていきます。正常の脳神経には影響がなく、副作用がほとんどないのが利点です。適応は神経膠腫、なかでも膠芽腫に対しては保険承認されています。
この治療では入院の必要がありません。

ウイルス療法

腫瘍細胞の中だけで増えるように作り変えたウイルスを投与すると、ウイルスが増殖しながら腫瘍細胞を死滅させるという治療です。

緩和ケア

一昔前、緩和ケアは治療法のないがん患者に対して行われるといったイメージでしたが、最近ではすべてのがん患者において肉体的・精神的サポートを行うために緩和ケアが重要と考えられています。そのため、「あなたには緩和ケアが必要です」と言われても、早とちりして「私はもう治療できないんだ」と思わないでください。治療が順調に進んでいても、がん患者さんの多くはがんと宣告されたときから様々な不安を持っています。そしてがんによる症状、治療による副作用、治療後の後遺症に悩む方もいます。そのような肉体的・精神的ケアを行うのが現代の緩和ケアです。

「がんと言われて不安だ」「抗がん剤の治療をしているから吐き気くらいは我慢しなければならない」「治療費がどのくらいか心配だ」といったがんにまつわる様々な不安・症状を取り除くのが緩和ケアです。

脳腫瘍の再発や転移について

脳腫瘍の再発

悪性度の高い脳腫瘍治療は脳の機能をどこまで残すか、どこまでの治療をするかのバランスが非常に難しく、再発の危険性が高い種類もあります。そのため、再発した脳腫瘍に対してもさまざまな治療が行なわれています。治療が終了した後も、病院の指示通り検査を受けて、再発がないか経過を見ることが重要です。

脳腫瘍の転移

脳は体のほかの部分のがん細胞が転移することはよくありますが、原発性脳腫瘍が他の臓器に転移することはほとんどありません。

1.医療法人社団 松弘会 三愛病院|神経内視鏡手術(脳腫瘍・脳出血・水頭症)
2.香川県立中央病院|覚醒手術
3.国立研究開発法人 国立がん研究センター 中央病院|脳脊髄腫瘍科 |診療について
4.医療法人社団 三喜会 横浜新緑総合病院|もう一つのグリオーマの新薬:ギリアデル
5.九州大学病院がんセンター|脳腫瘍
6.東京大学脳神経外科|神経膠腫(グリオーマ)
7.東京女子医科大学病院 放射線医学講座 放射線腫瘍学分野|脳腫瘍の放射線治療
8.香川県立中央病院|脳腫瘍の最新の治療法:交流電場療法
9.東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科|ウイルス療法

春田 萌

日本内科学会総合内科専門医・日本消化器内視鏡学会専門医