乳がん治療の基本は手術と薬物療法です。他のがんと異なり、乳がんの治療方針の決定にはステージ以外に細胞の種類や受容体の有無なども考慮しなければなりません。薬物療法も抗がん剤だけではなく、適応があればホルモン療法という選択肢もあります。また、乳がんの手術は美容的な意味も含むため、のちのち後悔しないように、治療については医師任せにせず、十分話し合って決める必要があります。
ここでは乳がんに対して行われる治療の基礎知識を紹介します。病院の説明を受ける前に目を通しておくと、多少病院での説明も理解しやすくなるでしょう。
病院で治療方針の説明を聞くときのポイントは、がんの場所やステージ、転移の有無など病気の状態、なぜその治療法がよいのか、その治療のメリットとデメリット、その治療以外の選択肢があるのかないのかといったことを聞くことが重要です。
目次
乳がんの主な治療法
乳がんの治療方法には手術、薬物療法(抗がん剤・ホルモン療法・分子標的薬)、放射線療法などがあります。これらの治療は単独で行う場合もあれば、組み合わせて行なうこともあります。
基本的な治療は
- ステージ0
- 手術
- ステージ1・2
- (場合によっては術前に薬物療法を行なって)手術
- ステージ3
- 薬物療法(場合によってその後手術)
- ステージ4
- 薬物療法
となります。
手術のメリットとデメリット
手術には乳房部分切除術と乳房切除術があります。
乳房部分切除術は病変とその周囲1~2cmの余白を切除します。がんを切除しつつ乳房を残す治療法です。
乳房切除術は乳房全部を切除する治療方法です。
手術のメリット
病変を切り取り体外にとりだすため、目に見えるがんは確実に体内から消えます。さらに、取り出した病変を顕微鏡検査することにより、がんのタイプの評価を直接行うことができます。
手術のデメリット
乳房切除術の場合は、切除のみだと切除した側の胸は平らになります。美容的に希望した場合には同時に、もしくは後日別に再建手術を受ける必要があります。
また、腋窩リンパ節も併せて切除した場合には、切除した側の腕や肩に後遺症が残ることがあります。具体的には動きが制限されたり、感覚が変化したり、腕がむくんだりすることがあります。
また、手術前にどんなに検査や準備をしても、手術や全身麻酔による合併症の危険性をゼロにすることはできません。そのため、病院はあらゆる想定をもとに予防や術後の診察を行い、偶発症を早期に発見し迅速に対応するようにしています。しかし、自分の体のことですからすべて病院任せにせず、自分でも偶発症が起きた場合にすぐ気づけるように、自分の手術ではどんな偶発症が起こりうるのかをきちんと聞いておきましょう。
比較的頻度の高い合併症は以下の通りです。
- 出血
- 傷口からの出血やおなかの中での出血などがあります。
- 縫合不全
- 縫い合わせた部分がしっかりくっつかないこと。
- 創部感染
- 手術の傷に細菌が感染すること。
- 肺炎
- 全身麻酔時の人工呼吸器などの影響で肺に感染が起きること。
- 下肢深部静脈血栓・肺血栓塞栓症
- 足の動きが減ることで、足の血管に血栓(血の塊)ができること。もしくはその血栓が肺に飛んで、肺の血管が詰まること。
- せん妄
- 手術や入院のストレスなどの原因でおきる意識障害。意味不明な言動や幻覚・幻聴、暴れるといった異常行動がみられる。
薬物療法のメリットとデメリット
乳がんの一部は女性ホルモンに関連したものもあり、薬物を使用した治療としては抗がん剤だけでなくホルモン療法や分子標的治療もあります。どの薬物療法を行なうかは治療の目的やホルモン受容体やHER2受容体の有無などによって異なります。
薬物療法のメリット
薬物療法は全身投与のため、画像検査で見つけることができないごく小さながん細胞に対しても効果を発揮します。
薬物療法のデメリット
薬による副作用の可能性があります。副作用には薬を投与してすぐに現れるものもあれば、後日症状が出たり、投与ををやめた後でも症状が続くものもあります。また、症状としては現れなくても、血液検査やレントゲンなどで判明する副作用もあるので、定期的な検査が必要です。
薬物療法の種類
抗がん剤:根治を目指して行われる抗がん剤投与のほかに、大きな病変を手術できる大きさまで小さくする目的で行う術前化学療法や、手術後の再発予防を目的として行われる術後化学療法があります。
- トポイソメラーゼ阻害剤
- 細胞分裂するときにDNAを切り離したり、再度結合するときに働くトポイソメラーゼという酵素の働きを阻害する
- 微小管作用薬
- 細胞分裂に関係している微小管に働きかけて、がん細胞の分裂を妨げる
- アルキル化薬
- がん細胞のDNAにアルキル基をくっつけ、DNAの構造を変化させる
- 代謝拮抗薬
- DNAやRNAと似た形をしていることから細胞内に取り込まれてDNAの合成を阻害する
- プラチナ製剤
- 二本鎖のDNAを結びつけることで複製を阻害する
- ホルモン療法
- 女性ホルモンの受容体を持ち、女性ホルモンにより大きくなるタイプの乳がんはホルモン療法を検討します。閉経前の人では抗エストロゲン剤の内服や、卵巣の働きを止めるLH-RHアゴニストの注射を行います。閉経後の人では卵巣の働きはほとんどありませんが、副腎から出るアンドロゲンというホルモンが、アロマターゼという酵素により女性ホルモンに変わる経路が主体となります。そのため、抗エストロゲン剤のほかに、アロマターゼの働きを妨げるアロマターゼ阻害剤の内服が行われることもあります。
- 分子標的薬
- HER2陽性の乳がんに対する代表的な分子標的薬はトラスツズマブです。トラスツズマブはHER2受容体に結合し、HER2タンパクによるがんの増殖をブロックします。さらに免疫細胞の1種、NK細胞に作用しがん細胞を減らす作用も併せ持っています。3週間に1回の点滴治療です。内服の分子標的薬でラパチニブという薬があります。ラパチニブはがん細胞の中に入り込んでがん細胞が増える仕組みをブロックします
受容体の有無により分類した標準的な治療は以下の通りです。
Luminal A Type:ホルモン受容体(あり)HER2タンパク(なし)
→ホルモン療法
Luminal B Type:ホルモン受容体(あり)HER2タンパク(あり)
→ホルモン療法もしくは抗がん剤
HER2 Rich Type:ホルモン受容体(なし)HER2タンパク(あり)
→抗がん剤もしくは分子標的治療
Triple Negative Type:ホルモン受容体(なし)HER2タンパク(なし)
→抗がん剤
放射線治療のメリットとデメリット
乳がん治療における放射線療法は単体でがんの根治を目指すものではなく、手術後の再発予防のため乳房に照射したり、骨転移や脳転移の症状を和らげるために行われることが多いです。
放射線のメリット
転移先の症状の緩和が可能です。例えば脳転移による麻痺や痺れといった神経症状や、骨に転移した際の痛みなどには放射線療法は有効です。
放射線治療そのものはじっと寝ているだけで行うことができるので、高齢者や体力低下がある場合でも治療を行うことが可能です。また全身状態がよければ通院での治療ができます。
放射線のデメリット
放射線治療の副作用としては放射線が通る皮膚の部分に日焼けのような変化が見られます。そのほかに放射線の通り道に肺や肋骨がある場合、肺炎や肋骨骨折などの副作用が出る場合があります。
また、放射線治療のできる施設は限られており、どこの病院でも可能な治療ではありません。
その他の治療法
経皮的局所療法
ごく小さな病変であったり、全身麻酔に耐えられないと判断されたときには皮膚の上から針を刺して、病変部を凍らせたり焼いたりする治療があります。2010年に保険診療となった経皮的凍結療法と現在自費診療であるラジオ波焼灼術があります。
経皮的凍結療法
超音波で病変を確認しながら、針を差し込み、ガスや液体窒素を注入して病変を凍らせることで病変を破壊する治療方法です。局所麻酔で外来で行うことができる治療で、手術に匹敵した治療効果があります。乳房の病変だけを治療するので、リンパ節に転移のない人が対象となります。また治療できる病変の大きさに制限があります。
経皮的凍結療法は特殊な機械を用いるため、どの医療機関でも行なえる治療ではありません。凍結療法に関心がある場合は、実施している医療機関を調べて、自分の病変が凍結療法の対象となるかどうか受診して相談する必要があります。
ラジオ波焼灼療法
病変まで針を刺して、電流を流し先端から発せられる熱によりがん細胞を死滅させる治療です。手技としては凍結療法と同じような流れになります。ラジオ波焼灼療法は肝臓がんでは標準的治療の1つとなっており、理論上は乳がんでも適応症例を守れば手術に匹敵する効果が期待できます。一時期ラジオ波焼灼療法の術後には再発が多いと報告されたこともありますが、これは乳がんに対するラジオ波焼灼療法が現在までも保険適応外の治療であることから、術後の検査や追加治療が適切に行われなかったためと考えられており、ラジオ波焼灼療法そのものの治療効果は期待ができます。
ラジオ波焼灼療法も特殊な機械が必要なため、どの医療機関でも行なえる治療ではありません。ラジオ波焼灼療法に関心がある場合は、実施している医療機関を調べて、自分の病変がラジオ波焼灼療法の対象となるかどうか受診して相談する必要があります。また、一部の医療機関では乳がんに対するラジオ波焼灼療法に「患者申出療養制度」を利用することで、費用を抑えて治療を受けることができます。
臨床試験
標準的な治療として確立されてはいませんが、理論上乳がんに効果が期待できる治療を受けることができます。限られた病院で実施されています。
緩和ケア
一昔前、緩和ケアは治療法のないがん患者に対して行われるといったイメージでしたが、最近ではすべてのがん患者において肉体的・精神的サポートを行うために緩和ケアが重要と考えられています。そのため、「あなたには緩和ケアが必要です」と言われても、早とちりして「私はもう治療できないんだ」と思わないでください。治療が順調に進んでいても、がん患者さんの多くはがんと宣告されたときから様々な不安を持っています。そしてがんによる症状、治療による副作用、治療後の後遺症に悩む方もいます。そのような肉体的・精神的ケアを行うのが現代の緩和ケアです。
「がんと言われて不安だ」「抗がん剤の治療をしているから吐き気くらいは我慢しなければならない」「治療費がどのくらいか心配だ」といったがんにまつわる様々な不安・症状を取り除くのが緩和ケアです。
乳がんの再発や転移について
乳がんの再発
乳癌の再発とは一度治療により見えなくなった病変が再び現れることで、特に乳房部分切除術を行ったあとに同じ乳房に再発した場合は「乳房内再発」、乳房を全部切除した後の同じ部位の皮膚やリンパ節に再発があった場合は「局所再発」と表現します。
乳がんの再発は治療後3年以内に多く見られますが、時には10年以上経過してから再発を認めることもあります。治療方針は手術が可能であれば手術を、手術が難しい場合には薬物療法や放射線療法を行います。
乳がんの転移
乳がんは他のがんと比較して転移しやすい病気です。そのため、乳がんの治療は目に見えている病変をなくすだけではなく、目に見えないレベルの病変も想定して治療方針が決まります。
乳がんが転移しやすい臓器は骨や皮膚ですが、脳や肺、肝臓にも転移することがあります。転移に対する治療は、乳がんのタイプに合わせた薬物療法です。脳転移の場合には放射線療法を組み合わせることもあります。骨に転移がある場合は骨がもろくなって折れやすくなるのを防ぐ薬を投与したり、骨の痛みに対しては放射線療法を行うこともあります。
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参照日:2020年11月