咽頭がんは発生部位やひろがり具合、最初の治療効果などにより、手術や抗がん剤、放射線治療などさまざまな治療が行なわれる可能性のある病気です。場合によっては治療により、食べ物を飲み込む能力や、声を出す機能に障害が残ることもあります。
確実な治療を選択するか、治療後にのどの機能をどの程度残すかといったことも考慮せねばならず、咽頭がんの治療の決定には大変悩むかもしれません。
病院で治療方針の説明を受けるときには、自分の病気はどの部位にあって、どの範囲までひろがっていて、なぜその治療法がよいのか、その治療のメリットとデメリット、治療後の生活で変わることは何か、その治療以外の選択肢があるのかないのかといったことを聞くことも重要です。
目次
咽頭がんの主な治療法
日本癌治療学会のガイドラインでは基本的な治療について以下のように記載されています。
上咽頭がん
ステージ1:放射線治療
ステージ2、3、4A:化学放射線療法
中咽頭がん(ヒトパピローマウイルス感染がない場合)
ステージ1
放射線治療(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
ステージ2
放射線治療(+化学療法)(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
ステージ3、4でリンパ節転移がない場合
放射線治療+化学療法(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
ステージ3、4でリンパ節転移がある場合
放射線治療+化学療法+頸部郭清術(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
下咽頭がん
ステージ1
放射線治療(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
ステージ2
化学放射線療法もしくは放射線療法(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
ステージ3、4で腫瘍の広がりがT2まで(喉頭の動きに問題がなく、がんが隣接部にひろがっている、もしくはがんの大きさが4㎝以下):化学放射線療法もしくは放射線療法(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
それ以上にひろがったステージ3、4
化学放射線療法もしくは放射線療法(完治できない場合はその後手術)もしくは手術もしくは導入化学療法
導入化学療法とは
根治的治療の前に抗がん剤治療をおこなうこと。その効果によってその後の治療方法を検討する。
著効:放射線治療+化学療法(完治できない場合はその後手術)
部分著効:放射線治療+化学療法(完治できない場合はその後手術)もしくは手術
不変・憎悪:手術
手術のメリットとデメリット
咽頭がんのうち、標準的に手術療法が行なわれるのは中咽頭がんと下咽頭がんです。
外切開手術
以前から行われていた方法で、のどを外側から切開して行う手術方法です。病変の場所や大きさによって顎の下を切り開いたり、下唇と下あごの骨を切ってのどの奥を見やすいように開くといった手術方法などがあります。また、切除範囲が広い場合は体のほかの部分から皮膚などを移植して再建術を行うこともあります。
経口的切除術
できるだけのどの機能を残すために最近行なわれるようになった方法で、口から器具やカメラなどを入れて病変を取り除きます。対象となるのは浅く、あまりひろがっていない病変に限られます。
手術のメリット
手術の一番のメリットは病変を取り出すことにより、より細かい病気の評価と治療の効果の判定が可能であるということです。後述する抗がん剤や放射線療法の場合、治療が効いているかどうかは画像検査で判断しますが、言い換えれば目で見えない大きさの病変については評価できません。
しかし手術の場合は、病気がひろがっていると思われる範囲を取り出し、顕微鏡による検査(病理検査)を行って、十分に取り切れているかを評価することができます。細胞レベルで評価するため、CTやMRI、PET検査よりも精密な診断になります。
中には手術前に診断されたステージと、手術後の病理検査によってステージが変わる場合があります。これはCTやMRI、PETなどの画像検査には限界があり、実際の病気のひろがりと誤差が出る可能性がある、ということです。
手術のデメリット
手術の部位や切除する範囲によってその後の生活が大きく変わるような影響があります。
たとえば中咽頭がんの手術では、切除範囲によってはものを飲みこむ機能を失います。そのような後遺症が考えられる場合にはその後の栄養を確保するために、胃に栄養用の管をつける胃瘻という手術をあわせて行なうこともあります。
下咽頭がんで喉頭も一緒に摘出すると、声帯を失い声を出せなくなります。その場合には人工喉頭と呼ばれる機械を使用したり、食道を使う発生法を訓練して代用音声を獲得します。またのどにあらたに呼吸するための穴をつくり、気道を口や鼻と分断する手術を合わせておこなう場合もあります。
また手術前にどんなに検査や準備をしても、100%安全な手術はありません。手術や全身麻酔による合併症の危険性はゼロにはなりません。そのため、病院はあらゆる想定をもとに予防や術後の診察を行い、合併症を早期に発見し迅速に対応するようにしています。しかし、自分の体のことですからすべて病院任せにせず、自分でも合併症が起きた場合にすぐ気づけるように、自分の手術ではどんな合併症が起こりうるのかをきちんと聞いておきましょう。
手術中もしくは手術直後に起こりうる合併症
比較的頻度の高い合併症は以下の通りです。
出血
傷口からの出血やのどからの出血などがあります。
創部感染
手術の傷に感染すること。
縫合不全
縫い合わせた部分がしっかりくっつかないこと。場合によっては再手術が必要になることもあります。
のどのむくみ
手術の影響でのどの粘膜がむくむことがあります。むくみが強い場合は呼吸困難を来すこともあります。
せん妄
手術や入院のストレスなどの原因でおきる意識障害。意味不明な言動や幻覚・幻聴、暴れるといった異常行動がみられます。
抗がん剤のメリットとデメリット
咽頭がんでよく使用される抗がん剤
プラチナ製剤(シスプラチン)
二本鎖のDNAを結びつけることでがん細胞の複製を阻害する
代謝拮抗薬(フルオロウラシル)
DNAやRNAと似た形をしていることから細胞内に取り込まれてがん細胞のDNA合成を阻害する
微小管作用薬(ドセタキセル)
細胞分裂に関係している微小管に働きかけて、がん細胞の分裂を妨げる
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤
その他に、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤を使用する場合があります。
分子標的薬
がんが大きくなるために必要な血管新生や細胞増殖にかかわる因子を阻害することで効果を発揮する薬です。咽頭がんで主として使用される分子標的薬は、2012年に頭頚部がんに対して承認されたセツキシマブです。
免疫チェックポイント阻害薬
がんを攻撃することができるTリンパ球の力を強める薬です。現在咽頭がんに対してはオプジーボとキイトルーダが再発転移がんに限って使用することができます。
抗がん剤のメリット
抗がん剤は全身に効果を発揮するため、目で見ることができないごく小さながんに対しても効果を発揮します。
抗がん剤のデメリット
抗がん剤の作用は正常な細胞までおよぶため、吐き気、下痢、口内炎、脱毛といった副作用の症状が現れることがあります。
また、自覚症状がなくても血液検査や画像検査を行わないとわからない副作用もあるため、定期的に検査を行って経過を見ていく必要があります。使用する薬によって出現しやすい副作用はわかっているため、あらかじめ副作用が出にくいように予防薬を使用することもあります。
咽頭がんでよく使用される薬に多い副作用は以下のようなものがあります。
シスプラチンンの副作用
悪心・嘔吐、腎機能障害、骨髄抑制(貧血や血小板減少、白血球減少)、難聴・耳鳴り、しびれ
フルオロウラシルの副作用
悪心・嘔吐、下痢、食欲不振、白血球減少
ドセタキセルの副作用
白血球減少、貧血、血小板減少
セツキシマブの副作用
ニキビ、爪周囲炎、皮膚の乾燥
免疫チェックポイント阻害薬の副作用
倦怠感、吐き気、下痢、間質性肺炎、脳炎、心筋炎、重症筋無力症、糖尿病、消化管穿孔
放射線治療のメリットとデメリット
咽頭がんのうち、特に上咽頭がんでは放射線治療の効果が高く、治療の中心となっています。
放射線はがん細胞にたくさん当てれば当てるほど効果が高くなりますが、正常な細胞にも大きな副作用を引き起こします。昔の放射線治療は1方向から放射線を当てていたため、副作用を出現させないためには放射線の量を控えざるを得ませんでした。しかし近年ではコンピューターを使って3次元で腫瘍の形を把握し、あらゆる方向から腫瘍に放射線を当てることで正常細胞への影響を最小限に抑えることができる、強度変調放射線治療(IMRT)という治療もができる施設も増えてきました。
一般的な放射線治療の方法は1回数分、週5回、期間は約7週間で、外来通院による治療が可能です。
放射線のメリット
治療そのものはじっと寝ているだけで行うことができるので、高齢者や体力低下、肝機能障害・腎機能障害などがあっても行うことができます。
また放射線治療は手術と比べてのどの機能が残しやすい点がメリットでもあります。
放射線のデメリット
放射線照射による副作用があります。
早期にあらわれる副作用
口内炎・咽頭炎
治療終了後4-6週でおさまる
皮膚炎
治療終了後4週程度で落ち着くが、跡が残ることも
味覚障害
治療終了後1年程度で改善するが、最後まで完全に改善しない場合も
口腔内乾燥
治療終了後1年程度で改善するが、ずっと続く場合もある。むし歯が増えることも。
晩期副作用
首のむくみ
治療終了後数カ月から数年して現れることがある。発声や嚥下に影響を与える。
その他の治療法
臨床試験
標準的な治療として確立されてはいませんが、理論上咽頭がんに効果が期待できる治療を受けることができます。限られた病院で実施されています。
緩和ケア
一昔前、緩和ケアは治療法のないがん患者に対して行われるといったイメージでしたが、最近ではすべてのがん患者において肉体的・精神的サポートを行うために緩和ケアが重要と考えられています。そのため、「あなたには緩和ケアが必要です」と言われても、早とちりして「私はもう治療できないんだ」と思わないでください。
治療が順調に進んでいても、がん患者さんの多くはがんと宣告されたときから様々な不安を持っています。そしてがんによる症状、治療による副作用、治療後の後遺症に悩む方もいます。そのような肉体的・精神的ケアを行うのが現代の緩和ケアです。
「がんと言われて不安だ」「抗がん剤の治療をしているから吐き気くらいは我慢しなければならない」「治療費がどのくらいか心配だ」といったがんにまつわる様々な不安・症状を取り除くのが緩和ケアです。
咽頭がんの再発や転移について
咽頭がんの再発
咽頭がんは治療後3年間でとくに再発しやすいので、病院の指示通り、こまめに画像検査を行い、再発がないか経過を見ることが重要です。3年を過ぎても間隔はあきますが定期的な画像検査は必要です。
咽頭がんの再発に対する治療は部位や状態により検討されますが、免疫チェックポイント阻害剤は再発転移に限って使用することができる薬剤です。
咽頭がんの転移
咽頭がんの遠隔転移先は肺・骨・肝臓の順に多いという報告があります。
骨には放射線療法、その他の部位の転移については主に抗がん剤治療が検討されます。
日本癌治療学会 がん診療ガイドライン|診療アルゴリズム
一般社団法人 日本頭頸部癌学会|Ⅶ.化学療法(抗がん剤治療)
一般社団法人 日本頭頸部癌学会|Ⅳ.頭頸部がんの切除手術
厚生連高岡病院|耳鼻咽喉科
一般社団法人 日本頭頸部癌学会|Ⅵ.頭頸部がんに対する放射線治療
ライフライン21 がんの先進医療 蕗書房 |2.咽頭がんの治療について
J-STAGE|腎転移をきたした下咽頭癌の 1 症例