肝臓がんには様々な治療の選択肢があります。肝臓がんが他のがんと異なるのは、多くの人がもともと慢性肝炎や肝硬変などの肝臓病を持っている、という点です。そのため、肝臓がんの治療方針はただ単にがんの状態やステージだけで決められるものではなく、肝機能障害の程度も考慮しなければなりません。
肝臓がんは長い目で見た場合、1つを根治治療できても、ほかの部位に新たにがんが出てくることがあり、いかに今あるがんを治療しながら、肝臓の機能を低下させないかが重要になってきます。
肝臓がんの治療はガイドラインがあり、基本的にはガイドラインに従って治療の方法は決められますが、病院によっては設備がなくて標準と異なる治療しかできない場合もあります。場合によっては病院を変わることも検討しなければなりませんが、転院や治療方法の相談に長く時間をかけるわけにもいきません。ここでは肝臓がんに対して行われる治療の基礎知識を紹介します。病院の説明を受ける前に目を通しておくと、多少病院での説明も理解しやすくなるでしょう。
病院で治療方針の説明を受けるときには、自分の病気はどの範囲にあって、なぜその治療法がよいのか、その治療のメリットとデメリット、その治療以外の選択肢があるのかないのかを聞くことが重要です。
目次
肝臓がんの主な治療法
肝臓がん治療の基本は物理的にがん組織を取り除いたり、死滅させることです。方法としては肝切除術(開腹手術もしくは腹腔鏡手術)、穿刺療法(経皮的エタノール注入療法、ラジオ波焼灼術など)、肝動脈塞栓術、放射線治療(陽子線、重粒子線)などがあります。
手術のメリットとデメリット
手術は基本的にがんとその周りの肝臓をひとまとめにして切除する方法です。普通にお腹を切り開いて行う開腹手術と、腹壁に小さな穴をあけてそこから器具を通して行う腹腔鏡手術があります。開腹手術の場合、入院期間は約2週間ですが、腹腔鏡手術では傷の1つ1つが小さいため、回復が早く、入院期間は8日程度です。腹腔鏡手術が可能かどうかはがんのできた位置や個数などで決まります。
手術は病変だけでなく周囲の正常な肝細胞もあわせて切除することになります。このことによりがんの取り残しを予防することができますが、正常な肝臓も減るため、もともと肝硬変などで全体の肝臓の機能が低下している人では手術がベストな方法なのか、どこまでを切除しどれだけの肝臓の残すのかを慎重に検討することになります。
手術のメリット
病変を切り取り体外にとりだすため、がんは確実に体内から消えます。さらに、取り出した病変を顕微鏡検査することにより、がんのタイプや肝臓の状態の評価もできます。
手術のデメリット
どんなに腕の良い医者であっても、がんだけを取り出すことはできません。周囲のがんではない部分もあわせて取り出すことになります。もともと肝臓の機能が低下している場合は、手術によりさらに機能が低下します。手術の適応を検討する場合は、手術後の肝機能がどのくらいになるのかもあわせて検討されます。
また手術前にどんなに検査や準備をしても、手術や全身麻酔による合併症の危険性をゼロにすることはできません。肝臓がんの場合、手術に関連した死亡率は1-2%という報告があります。そのため、病院はあらゆる想定をもとに予防や術後の診察を行い、偶発症を早期に発見し迅速に対応するようにしています。しかし、自分の体のことですからすべて病院任せにせず、自分でも偶発症が起きた場合にすぐ気づけるように、自分の手術ではどんな偶発症が起こりうるのかをきちんと聞いておきましょう。
比較的頻度の高い合併症は以下の通りです。
- 胆汁漏
- 肝臓から作られて胆管を通っている胆汁が切除部位から腹腔内に漏れ出すことがあります。
- 肝不全
- 手術による負荷で肝臓が働かなくなった状態。
- 腹腔内膿瘍
- おなかの中に膿がたまること。
- 出血
- 傷口からの出血やおなかの中での出血などがあります。
- 縫合不全
- 縫い合わせた部分がしっかりくっつかないこと。腹壁などで起こります。
- 腸閉塞
- 腹部の手術では腸の動きが悪くなったり、腸がくっつくことで、食べ物が腸の中を移動できなくなることがあります。
- 肺炎
- 全身麻酔時の人工呼吸器などの影響で肺に感染が起きること。
- 下肢深部静脈血栓・肺血栓塞栓症
- 足の動きが減ることで、足の血管に血栓(血の塊)ができること。もしくはその血栓が肺に飛んで、肺の血管が詰まること。
- 創部感染
- 手術の傷に細菌が感染すること。
- せん妄
- 手術や入院のストレスなどの原因でおきる意識障害。意味不明な言動や幻覚・幻聴、暴れるといった異常行動がみられる。
抗がん剤のメリットとデメリット
肝臓がんに対する抗がん剤治療は、他の治療方法と比較して効果が低いため、ほかの治療の適応がない場合に選択されます。肝臓がんに対する抗がん剤治療は分子標的薬が標準治療です。分子標的薬とはがんが増殖するときに必要なたんぱく質を妨害することで、がんが大きくなったり、転移するのを防ぐ効果があります。
抗がん剤のメリット
抗がん剤は全身に効果を発揮するため、画像検査で見つけることができないごく小さながんに対しても効果を発揮します。肝臓以外に転移がみられ、手術治療や放射線治療の適応がない方でも体力があり肝機能が保たれていれば、抗がん剤による治療が可能です。
抗がん剤のデメリット
抗がん剤の治療では薬による副作用があります。現在肝臓がんに対し最初に使用される薬は以下の2つです。
- ソラフェニブ:最初に肝臓がんに対して承認された分子標的薬です。副作用には手足の感覚異常や腫れ、皮膚がはがれる、吐き気や下痢、脱毛や頭痛、高血圧があります。
- レンバチニブ:もともとは甲状腺がんに対し使われていた薬です。副作用には吐き気や下痢や高血圧があります。
放射線治療のメリットとデメリット
もともと肝臓がんに対する放射線治療は重篤な肝機能障害がおこりやすいことから強い放射線を当てることができず、肝臓がんの治療としては期待できませんでした。しかし近年、ピンポイントでの照射技術が向上し、陽子線や重粒子を放射する治療では肝切除術に匹敵する成績が報告されています。
放射線のメリット
放射線技術の進歩により正常な肝臓へのダメージを極力減らし、がんに対してのみ強い放射線を当てることができるようになりました。特にこれまで治療が難しかった門脈塞栓症を伴う場合やがんが大きい場合、高齢者や他の病気を持つ人にも治療を行うことができます。そのほかに骨に転移した場合には骨の病変に放射線照射を行うことによって、痛みが軽減が期待できます。
治療そのものはじっと寝ているだけで行うことができるので、体力低下や腎機能障害などがあっても行うことが可能です。全身状態によっては通院での治療も可能であり、入院を要する場合でも治療のための入院は短期であることがほとんどです。
放射線のデメリット
放射線治療の副作用としては放射線が通る皮膚の部分に日焼けのような変化が見られます。そのほかに放射線の通り道に肺や肋骨、腎臓や腸管がある場合は肺炎や肋骨骨折、腎機能障害や腸管出血、腸管穿孔などの副作用が出る場合があります。
また、放射線治療のできる施設は限られており、どこの病院でも可能な治療ではありません。加えて医療費も先進医療の対象にはなりますが自己負担額が300万を超える高額な治療です。
その他の治療法
穿刺療法
穿刺療法は腹壁から肝臓の病変に向かって針を刺して行う治療です(ただし体表から刺すことが難しい位置の場合、開腹して針を刺すこともあります)。個数が少なく、小さい病変の場合は肝切除術と同じ程度の治療効果が期待できます。
- ラジオ波焼灼療法:針の先端に電気を通し、熱を発生させて病変部を焼く治療です。
- エタノール注入療法:純アルコールを病変に注入すると、アルコールの化学作用でがん細胞が死滅します。
いすれの方法も治療できる範囲に限界があり、通常は3㎝以下の病変に対して行われる治療です。病変の一部が焼ききれなかったり、薬が届かなかったりと肝切除術よりも確実性が劣る場合もありますが、正常な肝臓を多く残すことができる点や、肝切除術よりも入院日数が短くて済むといったメリットがあります。
肝動脈塞栓術
肝臓がんは肝臓に運ばれる血流から栄養を得ています。そこで、病変にむかう血管を人工的に塞いでがんの栄養を遮断する治療が肝動脈塞栓術です。足の付け根の血管からカテーテルを挿入し、肝臓の病変近くで造影剤などを流して血管を確認し、血管の中で固まる物質を注入します。場合によっては先に抗がん剤を流してから血管を塞ぐと病変部に抗がん剤が長くとどまり、さらに強い効果が期待できます。
肝臓のほかの部位にはほとんど影響を与えない治療ですが、血管を塞いでもしばらくすると病変は別の血管から栄養をもらうようになるため、完治は難しく、繰り返し行うことが必要になる場合も多いです。
生体肝移植
生体肝移植が保険適応となるのは、がんが1個で5㎝以下もしくは3㎝以下のがんが3個以内の場合で、かつ肝不全の状態にある人です。そのほかに病院によっては年齢などの制限が加わる場合もあります。
患者にとっては肝臓を全部取り除き、提供された肝臓と入れ替えることによって、がんが無くなるだけでなく、肝不全状態にある肝臓疾患そのものも改善が期待できます。ただし、自分の体が他人の肝臓に対して免疫反応を起こさないようにするため、移植後は一生免疫抑制剤を飲み続ける必要があります。
肝臓を提供できるのは近親者(病院によって基準は異なります)だけです。提供者(ドナー)の入院は生命保険の入院給付が受けられなかったり、移植が行われなかった場合のドナー候補者にかかった検査などの費用は全額自己負担になるなど、金銭面での負担が大きい治療です。
臨床試験
標準的な治療として確立されてはいませんが、理論上肝臓がんに効果が期待できる治療を受けることができます。限られた病院で実施されています。
緩和ケア
一昔前、緩和ケアは治療法のないがん患者に対して行われるといったイメージでしたが、最近ではすべてのがん患者において肉体的・精神的サポートを行うために緩和ケアが重要と考えられています。そのため、「あなたには緩和ケアが必要です」と言われても、早とちりして「私はもう治療できないんだ」と思わないでください。
治療が順調に進んでいても、がん患者さんの多くはがんと宣告されたときから様々な不安を持っています。そしてがんによる症状、治療による副作用、治療後の後遺症に悩む方もいます。そのような肉体的・精神的ケアを行うのが現代の緩和ケアです。
「がんと言われて不安だ」「抗がん剤の治療をしているから吐き気くらいは我慢しなければならない」「治療費がどのくらいか心配だ」といったがんにまつわる様々な不安・症状を取り除くのが緩和ケアです。
肝臓がんの再発や転移について
肝臓がんの再発
多くの患者は肝炎ウイルス感染により肝臓に慢性的な炎症が続いてがんを発症します。つまり、慢性肝炎や肝硬変になった肝臓はどの場所からいつでもがんが出てくる可能性があります。肝臓がんを治療し、その直後に新たな肝臓がんが見つかっても、それは治療の失敗ではなく、新たに芽を出したがんであることが多いのです。
そのために肝臓がんの治療は初期から、がんを完全に取り除くことと同じくらいに肝臓の機能をできるだけ低下させないことも考えて治療を検討します。2個目、3個目の肝臓がんであっても、治療方針はその都度検討して決定されます。1個目のがんには重粒子線治療、2個目は肝動脈塞栓術、3つ目はラジオ波焼灼療法ということもありえます。
肝臓がんの転移
肝臓がんの転移先で多いのは肺、リンパ節、骨です。転移があっても手術が可能と判断されれば、肝病変と転移先病変の切除が行われます。肝臓がんでは転移があったとしても、転移が原因で命を落とすことはほとんどなく、肝臓にあるがんの治療と肝機能を保つことが予後を延ばすと考えられています。
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参照日:2020年4月